あらう、人間に釣りあげられるから)。
樹明来、さつそく飲む、下物は焼小鯛、玉葱のぬた、黒[#「黒」に「マヽ」の注記]布の佃煮、いづれも庵独特の手料理。
急用ができて樹明君は早々帰つて行つた、奥さんがわざ/\迎へに来られたので何とも致し方がない。
夜、冬村君が約束通りに餅をたくさん持つてきてくれた、ありがたい、此頃の私は酒を貰ふよりも、銭を貰ふよりも、餅を貰ふことがうれしい、それほど私は餅好きになり、餅ばかりたべてゐるのである、近くまた樹明君も持つてきてくれるといふ、うれしいな!
※[#二重四角、277−14]飯の味[#「飯の味」に傍点]、酒の味[#「酒の味」に傍点]、水の味[#「水の味」に傍点]、そして餅の味[#「餅の味」に傍点]、つぎは茶の味[#「茶の味」に傍点]か。……
[#ここから2字下げ]
・ひとりであたゝかく餅ばかり食べてゐる
・足音が来てそのまゝ去つてしまつた落葉
・今日のをはりのサイレンのリズムで
・けふも雪もよひの、こんなに餅をもらうてゐる
・星空冴えてくる寒行の大[#「大」に「マヽ」の注記]鼓うちだした
[#ここで字下げ終わり]

 二月四日[#「二月四日」に二重傍線] 晴、時々曇。

旧のお正月、節分でもある、私はいつもお正月だ!
終日籠居、睡くなればうたゝ寝、覚めては読書。
独り者は独り言をいふ[#「独り者は独り言をいふ」に傍点]、これも表現本能のあらはれであらう。
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落葉ふんで豆腐やさんがきたので豆腐を(改作)
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 二月五日[#「二月五日」に二重傍線] 曇、霜、氷、雨。

朝は餅粥[#「餅粥」に傍点]、餅と米と大根とが渾然としてうまさ[#「うまさ」に傍点]そのものとなる。……
午前中はとても寒かつたが、午後はあたゝかい、むしろぬくすぎる雨となつた。
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・霜枯れの菜葉畑も春がうごいてゐる雨
・ここでもそこでも筵織る音のあたゝかい雨
[#ここで字下げ終わり]

 二月六日[#「二月六日」に二重傍線] 晴、小雪ちらりほらり。

独を慎しむ[#「独を慎しむ」に傍点]――独を楽しむ[#「独を楽しむ」に傍点]――これが今日此頃の私の生活気分[#「生活気分」に傍点]である。
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・霽れそめて雫する葉のあたゝかな
・あすもよい日の星がまたゝく
・やうやく見つけた蕗のとう
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