晴、安眠熟睡の幸福をめぐまれた。
まことに好季節、百舌鳥が啼く、萩が蕾んだ、曼珠沙華が咲きだした。

 九月十二日[#「九月十二日」に二重傍線]

Kさんから手紙、清丸さんから本、どちらも好意そのものゝやうでうれしかつた。
黙壺来、黙壺君はフアンのフアンだ、酒、牛肉、豆腐、※[#「飲のへん+乍」、138−14][#「※[#「飲のへん+乍」、138−14]」に「マヽ」の注記]、そして銭――それらはすべて彼が私に投げかける温情の断[#「断」に「マヽ」の注記]だつた。
樹明来、めづらしくまじめで、彼らしくない彼であつた、さびしい彼だつた。
払へるだけ払つて、飲めるだけ飲んだ、とう/\※[#「飲のへん+乍」、139−3]代を交番に行つて借りた、いや保證して貰つた!
[#ここから2字下げ]
・がちやがちやよ鳴きたいだけ鳴け
・お彼岸のお彼岸花をみ仏に
・何だか腹の立つ秋雨のふる
・秋雨の一人で踊る
・雨がふるので柿がおちるので
[#ここで字下げ終わり]

 九月十三日[#「九月十三日」に二重傍線]

雨、よく降つた、井戸がいつぱいになつてあふれたほど。
ひとりひっそり、読んだり考へたり、寝たり起きたり。

 九月十四日[#「九月十四日」に二重傍線]

曇、よいたより、ありがたかつた。
鴉が啼いて私を淋しがらせる、終日読書。

 九月十五日[#「九月十五日」に二重傍線]

曇、雨、秋祭。
田舎祭の追憶はかなしくもなつかしい。
○酒が飲みたくなくなつた、そして飲まずにはゐられない、地獄である。
今夜も地獄の亡者として、酔うて歩いた、辛うじて戻つて寝た。……
○味ふ酒[#「味ふ酒」に傍点]でなければならないのに酔ひたい酒[#「酔ひたい酒」に傍点]なのだ、それはまつたく致命的な酒[#「致命的な酒」に傍点]である。

 九月十六日[#「九月十六日」に二重傍線]

曇、晴れてお祭日和となつた、お宮の大[#「大」に「マヽ」の注記]鼓が鳴つてゐる、私は門外不出。
樹明来、行商の話に花が咲いた、それはまことに小つぽけな花だが、私の花でなければならない。
[#ここから2字下げ]
・枯れそめて赤いのは曼珠沙華
 庵もすつかり秋のけしきの韮の花
[#ここで字下げ終わり]

 九月十七日[#「九月十七日」に二重傍線]

曇、また雨になつた、身心沈静、あれこれ整理する。
畑仕事、大根と蕪とを播く。
何を食べてもうまかつた私が、何を食べてもうまくない私となつた、横着な私となつたのだ、ニヒリストとなつたのだ。
ちよつとポストまで、ちよつと一杯ひつかけたが苦しかつた、何とニガイアルコールだらう。
[#ここから2字下げ]
・わらやしづくする朝の虫のなく
・しんかんとして熟柿はおちる
・つく/\ぼうしもをはりの声の雨となり
・夜のふかくこほろぎがたたみのうへに
・灯火一つ虫がとんできては死ぬる
・彼岸花さくふるさとは墓のあるばかり
[#ここで字下げ終わり]

 九月十八日[#「九月十八日」に二重傍線]

晴、まつたく秋だ。
久しぶりに入浴、髯など剃つて、ゆつたりした気分で、寝ころんでゐると、夕方、約の如く敬治君来庵、間もなく、樹明君も来庵、お土産の酒と蒲鉾とで一杯ひつかけて街へ。
そして待望の街の灯[#「街の灯」に傍点]を観た、やつぱりよかつた、チヤツプリンの本質に触れたやうな思ひがした、日本映画は新派悲劇的で興がなかつた。
おとなしく敬君といつしよに帰庵、今夜もよくはねむれなかつた、一時間ばかりはぐつすりねむつたが。
[#ここから2字下げ]
・あさつゆのしそのはなこぼれては
・藪のなか曼珠沙華のしづか
 なんぼでも落ちる柿の木のしづくして
・汲みあげた水の澄む雲かげ
・水は透きとほる秋空
・秋空のどこかそこらで何か鳴く
・おちついて柿もうれてくる
[#ここで字下げ終わり]

 九月十九日[#「九月十九日」に二重傍線]

曇、五時前に起きて朝飯の支度。
酒があまつてゐたので朝酒、いつものやうにうまくない、呪はれた山頭火[#「呪はれた山頭火」に傍点]!
敬君は下関へ出張、駅まで見送る、戻つてから、預つた愛犬Sと遊ぶ。……
ハガキが来たので鯖山の禅昌寺へ、大山君に会ふために。
○犬と遊ぶ[#「犬と遊ぶ」に傍点]、――随筆一篇書けます。
○単調と単純、――それはすなはち、世間生活と私の生活。
ヤキムスビ、――犬に十分与へておいて残飯をそれに。
澄太君からのハガキで、同君が鯖山の禅昌寺に出張してゐて、そしてとても訪ねてくれる余裕がないといふので、こちらから出かけて、逢うてくるつもりで、田舎道を歩きだしたが、いやはや濡れた/\困つた/\、『雨はふります、傘はなし』と子供にひやかされたりして、――とうてい、行きおほせないので、湯田の温泉で、冷えたからだをあたゝめてから、また濡れて戻
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