字下げ]
さらにこゝろをあらためて七月二日の朝露をふむ
[#ここで字下げ終わり]

 七月三日[#「七月三日」に二重傍線]

晴れきつて暑かつた、今日も終日読書。
水、水、水はうまいな、ありがたいな。
身心が弱くなつたことを痛感する。
[#ここから2字下げ]
・雑草すゞしく人声ちかづく
・すくすくと筍のひたすら伸びる
・暮れるとひやつこい風がうら藪から
・けさは鶯がきてこうろぎも鳴く
・炎天、かぜふく
・おもくて暑くてねぎられてまけるのか
[#ここで字下げ終わり]

 七月四日[#「七月四日」に二重傍線]

晴、夏の朝はよろし。
一天雲なくして暑い、まだ梅雨のうちだのに。
昨夜は寝苦しくて寝不足だつたので、ぐつすりと昼寝。
四日ぶりに街へ出かけてコツプ酒一杯借りた。
たいへん忘れつぽくなつた、忘れてならないことを忘れるやうになつた。
[#ここから2字下げ]
 ここにも筍がとなりの藪から
・炎天、とんぼとぶかげ
・いま落ちる陽の、風鈴の鳴る
[#ここで字下げ終わり]

 七月五日[#「七月五日」に二重傍線]

晴、とても暑くなるだらう、終日読書。
蝉が鳴きはじめた、まだ長く巧くは鳴けないが。
何といふ鳥か(雉子かとも思ふが)、迫るやうな鋭い声で裏山の奥の方で啼く。
よいたよりもよくないたよりもこないさびしさだつた。
うちの初茄子を味ふ。
野菜に水をやる、いかに私の身心が弱つてゐるかを知る。
[#ここから2字下げ]
・けふも暑からの[#「の」に「マヽ」の注記]山の鴉のなくこゑも
・朝からはだかでとんぼがとまる
[#ここで字下げ終わり]

 七月六日[#「七月六日」に二重傍線]

好晴、身心清澄。
あれからもう一年たつた、緑平老をおもひ白船老をおもふ。
碧巌を読む、碧巌はいつ読んでもなんど読んでも興が深い、そこに禅の語録の味はひがある。
私に貧閑の記[#「貧閑の記」に傍点]があるべきだ、あらなくてはならない。
今日も郵便が来ない、さびしいなあ!
樹明徃訪。
何日ぶりかで新聞を読む、斉藤内閣が総辞職して大命が岡田大将に降下したことを知つた。
米がなくなつて思案してゐたら、米を与へられた、米、米、米、米なるかなです、日本人は米がなくては生きてゐられない。
暑い、暑い、ぢつとしてゐて、雑草の風がふくのにこんなに暑い、さぞや。……
さびしいけれどしづかで、貧しいが落ちついてをりま
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