窓に近く筍二本、これは竹にしたいと思ふ、留守にTさんが来て抜かれては惜しいと思つて、紙札をつけておく、『この竹の子は竹にしたいと思ひます 山頭火』
昨夜の酒は私にはよかつた、今日は昨日よりも落ちついて、そして幸福である。
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・ここでもそこでも馬を叱りつつ田植いそがしい
・叱つても叱られても動かない馬でさみだれる
・人がきて蠅がきて賑やかなゆふべ
・どうにもならない人間が雨を観る
・負うて曳いて抱いてそして魚を売りあるく(彼女を見よ)
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 六月廿六日[#「六月廿六日」に二重傍線]

梅雨曇、まづ玉葱と筍とを茹でて友を待つ。
昨夜もよく眠れたが、狂犬に追つかけまはされた夢を見た、その狂犬は煩悩だつたらう。
たよりいろ/\、なかんづく、緑平老からの手紙は涙がこぼれるほどうれしかつた。
晴れてきて蒸暑くなつた。
街へ、買物かず/\、米と醤油と買へたのが何よりも有難かつた。
友に与へた手紙のうちに、――
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老来なか/\に思ひ惑ふことが多くて、ます/\グウタラとなり、モノク[#「ク」に「マヽ」の注記]サとなりつゝあります、どうでも少し歩いて来なければなりません。……
[#ここで字下げ終わり]
駅のポストへ行つて戻つたところへ、ひよこりと澄太君があらはれた、さつそく一杯やる、胡瓜がうまかつた、酒のうまさはいふまでもない、何もかも愉快々々。
六時の汽車で帰りたいといふので駅まで見送る、待つてゐる人のところへかへるとは、ちと癪にさわりますね。
月がよかつた、陰暦の五月十五夜だつた、一人で観るには惜しい景色であつた。
△月がこぼれる、月かげを拾ふ、といふやうな文句が思ひ浮べられた。
澄太君の友情はありがたい、水を汲んでくれ、そしてまた小遣までもおいてくれて、――私はこんなにして貰つてもよいだらうか!
螢がとぶ、すこしさびしい。
のう/\と蚊帳の中に横は[#「横は」に「マヽ」の注記]つてもなか/\に睡れなかつた、何だか少し興奮して。
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・山はひそかな朝の雨ふるくちなしの花
・子供が駈けてきて筍《カツポウ》によきりと抜いたぞ
 赤い花や白い花や梅雨あがり
 降つて降つていつせいに田植はじまつた
・花さげてくる蝶々ついてくる
   石鴨荘即事
 草山のしたしさは鶯のなくしきり(改作再録)
・酔へばはだ
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