六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線]

梅雨日和、明日から入梅だ。
枇杷を食べる、私には初物だ、これは恐らく、昨夜の宴会の残物だらう、といつては持つてきてくれたT子さんにすまないけれど。
だん/\晴れる、雨後の風景はまことにあざやかなものである。
T子さん帰る、樹明君も帰る、あとは私一人でしづかなこと、其中一人で十分だ(半人では困るが二人三人でも困ります)。
雑草の中から伸びてゐた葱坊主、それは野韮でもないし、ラツキヨウでもないし、何だらうと考へてゐたが、玉葱だつた、今年捨てた屑根から芽生えてきたのだつた、小さい玉が三つ、これでも私の味噌汁の実にはなる、いや有難う。
大根菜間引、洗つて干す、あす新漬にするために。
奴蜘蛛を観察する、なか/\面白い。
虫を殺すことは不愉快だ、しかし殺さなければならない虫。
駅へ砂吐流君を出迎ふべく行[#「行」に「マヽ」の注記]かける、途中、樹明を訪ねて訳を話す。
△赤と黒との接触を観察した、赤い蝶と黒い蝶との交尾行動!
砂君と共に、もう一度、樹明徃訪、二十年振の昔話、それから庵で、三人でよい酒うまい酒を飲む、砂君宿泊。
よく飲みよく話しよく寝た。
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・歩いても歩いても[#「歩いても歩いても」に「出ても戻つても」の注記]草ばかり
・雑草やたらにひろがる肉体
・てふてふとんでも何かありさうな昼
・濡れて、てふてふも草の葉のよみがへる雨
・虫はなんぼでもぶつかつてくる障子の灯かげ
・ここにも工場建設とある草しげる
・土に描いて遊ぶ子のかげもむつまじく
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 六月十二日[#「六月十二日」に二重傍線]

早朝、砂君を見送つて駅へ。
砂君はまろい人[#「まろい人」に傍点]だつたが、二十年の歳月が君をいよ/\まろくした、逢うて嬉しい人だ。
何だか遣りきれなくて飲む、酔うて辛うじて戻つて寝た。
或る時は善人、或る時は悪人、或は賢、或は愚、是非正邪のこんがらがるのが人間の生活だ。
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・てふてふよつかれたかわたしはやすんでゐる
・ふつと逢へて初夏の感情(追加)
・青空したしくしんかんとして
・朝じめりへぽとりと一つ柿の花
・けさはじめての筍によつこり
・こんなところに筍がこんなにながく(再録)
・あひゞきの朝風の薊の花がちります
・酔ざめはくちなしの花のあまりあざやか
[#ここ
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