もう茨の白い花がちらほら、セルを着て歩く若い女の姿は悪くない、初夏風景の一つ。
垣根にばら[#「ばら」に傍点]、道べりにはあざみ[#「あざみ」に傍点]が咲いてゐた、私はちつとも迷はないで後者を採つた、一輪ざしにさすために。
しづかなるよろこび[#「しづかなるよろこび」に傍点]。――
午後は湯屋へ、そしてうどん玉を買うて戻る。
初めて蚊帳を吊つた。
梟が啼きつゞける、根気のよい鳥だな。
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 寝床までまともにうらから夕日
 青葉からまともな陽となつて青葉へ
・これは母子草、父子草もあるだらう(述懐、子に)
   夜ふけて餅を焼いて
 ふくれて餅のあたたかさを味ふ
・麦畑へだてゝとんとん機音は村一番の金持で
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 五月十八日[#「五月十八日」に二重傍線]

予期した通りの雨、しかしあまり降らない。
ありがたい手紙やら小包やら。
青蓋人君からは豊川稲荷の玉せんべい(たゞし実際は、せんべいの断片[#「せんべいの断片」に傍点]!)。
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今日の買物は、――味噌、酒、ふらん草、合して三十銭。
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放下着。
降らないで曇、曇つてゐたが晴となつた。
昼食後ふと大田行を思ひ立つた、敬君とゆつくりよい酒を飲みながら話したくなつたのである、学校に樹明君を訪ねて、念のために電話で都合を訊ねて貰つたら、出張で不在といふので止めた(かういふ場合、電話――文明の利器に感謝しないではゐられない)。
横臥読書。
蕗を摘んで、お菜をこしらへる、茎もうまいし葉もうまい。
入雲洞君から借りた「雲水は語る」を読む、前の著作と重複するところはあるが、面白く読ませるところに蓬州和尚の腕がある、大に飲んで大に書いて下さい(もう書きすぎてゐるから!)。
可愛らしい鼠がそこらをかけまはつてゐる(これは不思議、いつやつてきたのだらう、これで其中庵も家並の家になつた)、上手な鶯が窓ちかく啼く、なつめの若葉、桐の花、密[#「密」に「マヽ」の注記]柑の蕾。……
雑炊を味ふ、雑草を眺めつつ!
あやめを床に、いばらを机上に活ける、どちらもよい。
△業《ゴウ》が残つてゐる(死にそこなうた、死ねなかつた)、といふことは、仕事がある、成し遂げるべきものがある、といふことだらう。
△木曽路で句作のいとぐちがやうやくほぐれかけたが、飯田で病んでいけな
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