だか、からだがもつれるやうな[#「からだがもつれるやうな」に傍点]。
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・生きてゐるもののあはれがぬかるみのなか
・いつも馬がつないである柳萠えはじめた
・猫柳どうにかかうにか暮らせるけれど
 ぬくい雨でうつてもついても歩かない牛の仔で
・焼芋やいて暮らせて春めいた
・監獄の塀たか/″\と春の雨ふる
・病院の午後は紅梅の花さかり
・ずんぶりと湯のあつくてあふれる(湯田温泉)
・早春、ふけてもどればかすかな水音
・春めけば知らない小鳥のきておこす
・あたゝかい雨の、猿のたはむれ見てゐることも
[#ここで字下げ終わり]

 三月十四日[#「三月十四日」に二重傍線]

曇、白い小さいものがちら/\する。
老遍路さんがやつてきた、珍客々々。
身辺整理。
しづかに読書してゐると、若い女の足音がちかづいてきた、女人禁制ではないが、珍らしいなと思つてゐると、彼女はF屋のふうちやんだつた、近所まで掛取りにきたので、ちよつと寄つて見たのだといふ、到来の紅茶を御馳走した、紅茶はよかつたらう!
夕方、約の如く敬治君が一升さげて来てくれた、間もなく樹明君が牛肉をさげて来た、久しぶりに三人で飲む、そして例の如くとろ/\になり、街に出かけてどろ/\になつて戻つた。
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・雪ふりかゝる二人のなかのよいことは
・雪がふる人を見送る雪がふる
・この道しかない春の雪ふる
・ふる雪の、すぐ解ける雪のアスフアルトで
・かげもいつしよにあるく
・けふはこゝまでの草鞋をぬぐ
・椿咲きつづいて落ちつく
[#ここで字下げ終わり]

 三月十五日[#「三月十五日」に二重傍線]

雪が降りしきる、敬君を駅まで見送る、一杯やる、雪見酒といつてもよい。
酔うて労れてぐつすりと寝た。
夜は読書。

 三月十六日[#「三月十六日」に二重傍線]

雪、しづかな雪であり、しずかな私だつた。
おとなしく新酒一本、それで沢山。
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・うれしいたよりもかなしいたよりも春の雪ふる
・けふも木を伐る音がしづかな山のいろ
[#ここで字下げ終わり]

 三月十七日[#「三月十七日」に二重傍線]

晴、風、春だ。
旅立つ用意をする。――
蓬摘む女の姿、春らしいな。

 三月十八日[#「三月十八日」に二重傍線]

晴、今日からお彼岸。
なしたい事、なすべき事、なさずにはゐられない事。
早く旅立ちたい。――
樹明来、同道して散歩、そしていら/\どろ/\。
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春の水をさかのぼる
笑へば金歯が見える春風
[#ここで字下げ終わり]

 三月十九日[#「三月十九日」に二重傍線]

花ぐもりだ、身心倦怠。
T子さん来庵、愚痴と泣言とをこぼすために(それを聞く私は辛いかな)。
夜はしんみり読書。

 三月二十日[#「三月二十日」に二重傍線]

倦怠、倦怠、春、春。
樹明君、そしてT子さんが来た、例によつて例の如し。



底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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