間もなく樹明君もきてくれた、お土産の般若湯がうまいことうまいこと。
それから三人で雨の中を街へ、ほどよく飲み直して戻る、樹明君よく帰りましたね、敬治君よく泊りましたね、そして山頭火もよく寝ましたよ。
ほんに、とろ/\ぐう/\だつた!
[#ここから2字下げ]
・あんたがくるといふけさの椿にめじろ(敬治君に)
・日が照る草は枯れて石仏
・こゝろあらためて霜の大根をぬく
 大根の、大きいの小さいのが霜ばしら
 葉のない枝が、いつしかみのむしもゐない
・竹の葉に風のあるひとりでゐる
・石ころを蹴とばして枯山
・やりきれない冬空のくもつてくる
・ふめばさく/\落葉のよろし
・冬空の、この道のどこへ、あるく
・さいて、かげする花のちる
・あるけば冬草のうつくしいみち
・ウソをいつたがさびしい月のでゝゐる
・ウソをいはないあんたと冬空のした(樹明君に)
・冬の山が鳴る人を待つ日は
 かきよせて、おこつた炭ではあるけれど
・火鉢もひとつのしづかなるかな
・椿が咲いても眼白が啼いても風がふく
・竹があつて年をとつて梅咲いてゐる
・手をひいて負うて抱いて冬日の母親として
・このさびしさは山のどこから枯れた風
・蓑虫の風にふかれてゐることも
・風ふくゆふべの煙管をみがく
   追加
・枯野をあるいてきて子供はないかなどゝいはれて
・ゆふ空へゆつたりと春めいた山
[#ここで字下げ終わり]

 二月八日[#「二月八日」に二重傍線]

日が射してゐたが、雪となつた、春の粉雪がさら/\とふる、もう春だ、春だとよろこぶ。
敬坊は県庁へ、私は身辺をかたづける。
朝の紅茶はおいしかつた、樹明君ありがたう。
友からあたゝかいたよりのかず/\、ありがたう、ありがたう。
小鳥よ、猟銃のひゞきは呪はしいかな。
老眼がひどくなつて読書するのにどうも工合が悪い、妙なもので、老眼は老眼として、近眼は近眼として悪くなる、ちようど、彼女に対して、憎悪は憎悪として、感謝は感謝として強くなるやうに。
夕、樹明来、ハムを持つて、――敬坊不帰、ハテナ!
鰹節を削りつゝ、それを贈つてくれた友の心を感じる、桂子さん、ありがたう。
年齢は期待といふことを弱める、私はあまり物事を予期しないやうになつてゐる、予期することが多いほど、失望することも多い、期待すれば期待するだけ裏切られるのである、例へば、今日でも、敬坊の帰庵を待つてはゐたけ
前へ 次へ
全24ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング