れたり曇つたり、今日も雪だ。
形影問答、年はとりたくないものだのう、さうだのう。……
風呂にはいる、身心やゝ解ける。
夜は宿直室に樹明君を訪ねて御馳走になる、そして泊る。

 三月六日[#「三月六日」に二重傍線]

雪、雪、寒い、寒い。
母の祥月命日、涙なしには母の事は考へられない。
終日独居。
友はありがたいかな、私は親子肉縁のゆかりはうすいが、友のよしみはあつい、うれしいかな。
忘れられた酒[#「忘れられた酒」に傍点]、それを台所の片隅から見出した、いつこゝにしまつてゐたのか、すつかり忘れてゐた、老を感じた、その少量の酒をすゝりながら。……
陶然として、悠然として酔ふた、そして寝た、寝た、宵の七時から朝の七時まで寝つゞけた。
[#ここから2字下げ]
・雪あした、すこしおくれて郵便やさん最初の足跡つけて来た
・死ねる薬はふところにある日向ぼつこ
・水のんで寝てをれば鴉なく
・売れない植木の八ツ手の花
・寒い雨がやぶれた心臓の音
[#ここで字下げ終わり]

 三月七日[#「三月七日」に二重傍線]

晴、春風しゆう/\だつたが、午後は曇つて降つた、しかし昨日の雪のとけるといつしよに冬はいつてしまつたらしい。
草が萠えだした、虫も這ひだした、私も歩きださう。
一片の音信が、彼と彼女と私とをして泣かしたり笑はしたりする、どうにもならない私たちではあるが。
街へ出て、米すこしばかり手に入れる、餅ばかりでは困る。
心臓[#「心臓」に傍点]がわるい、心臓はいのち[#「いのち」に傍点]だ、多分、それは私にとつて致命的なものだらう。
どうせ畳の上では徃生のできない山頭火ですね[#「どうせ畳の上では徃生のできない山頭火ですね」に傍点]、と私は時々自問自答する、それが私の性情で、そして私の宿命かも知れない!
[#ここから2字下げ]
・晴れて風ふく春がやつてきた風で
・日がのぼれば見わたせばどの木も春のしづくして
・む[#「む」に「マヽ」の注記]のむしもしづくする春がきたぞな
・木の実ころ/\ころげてくる足もと
・豚の子のなくも春風の小屋で
・まがればお地蔵さまのたんぽぽさいた
[#ここで字下げ終わり]

 三月八日[#「三月八日」に二重傍線]

降つても照つても、晴れても曇つても、風が吹いても、春が来てゐることに間違はない。
日がさすと、雲雀が出てきてあるいてゐる、私も出てあるく。

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