札が一枚あつたので、久振に入浴、憂欝と焦燥とを洗ひ落してさつぱりした。
幸福な昼寝。
やつぱり、句と酒[#「句と酒」に傍点]だ、そのほかには、私には、何物もない。
大根、ほうれん草、新菊を採る、手入をする、肥をやる。
私の肉体は殆んど不死身[#「不死身」に傍点]に近い(寒さには極めて弱いけれど)、ねがはくは、心が不動心[#「不動心」に傍点]となれ。
米桶に米があり[#「米桶に米があり」に傍点]、炭籠に炭がある[#「炭籠に炭がある」に傍点]といふことは、どんなに有難いことであるか、米のない日、炭のない夜を体験しない人には、とうてい解るまい。
徹夜読書、教へられる事が多かつた。
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・椿の落ちる水の流れる
・みそさゞいよそこまできたかひとりでなくか
・梅がもう春ちかい花となつてゐる
・轍ふかく山の中から売りに出る
・枯枝をひらふことの、おもふことのなし
そこら一めぐりする椿にめじろはきてゐる
ふるさとなれば低空飛行の爆音で
[#ここで字下げ終わり]
二月六日[#「二月六日」に二重傍線]
くもり、何か落ちてきさうだ。
うれしいたよりがあつた。
やうやく句集壱部代入手、さつそく米を買ふ、一杯ひつかける、煙草を買ふ。……
四日ぶりに御飯を炊く、四日ぶりにぬく飯をたべる、あたゝかい飯のうまさが今更のやうに身にしみる。
酒もやつぱりうまい、足りないだけそれだけうまい。
山を歩く、あてもなく歩くのがほんたうに歩くのだ、枯木も拾ふたが句も拾ふた。
味ふ[#「味ふ」に傍点]、楽しむ[#「楽しむ」に傍点]、遊ぶ――それが人生といふものだらう、それ自体のために、それ自体になる――それがあそび[#「あそび」に傍点]である、遊行[#「遊行」に傍点]といふ言葉の意義はなか/\に深遠である。
仏法のために仏法を修行する、仏法をも忘れて修行するのである。
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今日の決算(二月六日)
(収入)
一金壱銭 財布在金
一金七十五銭 句集壱部代入金
合計金 七十六銭也
(支払)
一金四十六銭 米二升
一金九銭 ハガキ六枚
一金拾銭 焼酎一杯
一金四銭 なでしこ小包
合計金 六拾九銭也
差引残金七銭也
この七銭[#「七銭」に傍点]は、銅貨七個はまことに大切なり。
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・たゝずめば山の小鳥のにぎや
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