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七月十三日[#「七月十三日」に二重傍線]
朝月はよいな、蛙のうたもよいな、キヤベツはうまいな。
桔梗が咲いた、虫の声がしんみりしてくる。……
網代笠を修繕する、いつぞや緑平老は、ずゐぶん破れましたねといつた、樹明君は、新らしいのを買つてはどうですかといふが、物を活かせるだけ活かすのが禅門の教であり、同時に新らしい笠をかぶるよりも一杯やりたいのが私の煩悩でもあり、熱心に紙を張り渋を塗つて役立てるのである、このところ一句あるべくして一句もなかつた。
△空罎[#「罎」に「マヽ」の注記]を焼酎に代へてのんべい[#「のんべい」に傍点]虫をなだめた、さりとてははかない酒徒なるかな、だ。
蝉(わし/\)大蝉(じん/\)が暑苦しく啼きだした。
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追加
・月あかり蜘蛛の大きい影があるく
・月夜の道ばたの花は盗まれた
・昼ふかく草ふかく蛇に呑まれる蛙の声で
・待ちぼけの、寝るとする草に雨ふる
・待つでもない待たぬでもない雑草の月あかり
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焼酎の御利益でぐつすり昼寝、覚めてから水をしたうて椹野川へ行く、何と河童少年少女の泳ぎまはつてゐること、そしてみんなそれ/″\に海水着を着て浮袋を持つてゐる。
一飄[#「飄」に「マヽ」の注記]を携へて網漁をやつてゐる老人がゐた、その余裕ぶりを少し羨ましく思つた。
私は二合入の空瓶を拾うて戻つた、行乞途上、般若湯を詰めて持つてあるく用意として。
ひとり蚊帳の中に寝ころんで、好きな本を読む――極楽浄土はまさにこゝにある!
緩歩不休[#「緩歩不休」に傍点]は山登りばかりの秘訣ではない、人生の事すべて然り。
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掟(改訂)
一、辛いもの好きは辛いものを、甘いもの好きは甘いものを任意持参せられたし。
一、うたふもおどるも勝手なれども、たゞ春風秋水のすなほさでありたし。
一、威張るべからず、欝ぐべからず、其中一人の心を持すべし。
其中庵主
右三章 山頭火しるす
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夜、樹明君がバリカンを持つて来て、白髪頭を理髪してくれた、ありがたい、言語同断ありがたかつた。
机の上に蝉の子がぢつとしてゐる、殼を脱いだばかりのみん/\蝉である、今夜はこゝで休んで明日からは鳴いて恋してそして死ね、お前の一生は短かいけれど私たちよりは充実してゐるぞ。
七月十四日[#「七月十四日」に二重傍線]
七月十五日[#「七月十五日」に二重傍線] 『行乞記』
七月十六日[#「七月十六日」に二重傍線]
底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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