八日[#「三月廿八日」に二重傍線] 旧暦節句。

時化、霰さへ落ちた。
宵から朝まで、ぐつすり寝たので気分爽快、仕事が出来る。
鼠の悪戯には閉口する、よし持久戦だ、糧道を断つてやらう!
心のうちに雨がふる、――私もやつぱりまだセンチメンタリストだ!
糸菜――京菜を買ふ、一株一銭(小売値段が)とは安すぎる、何だか腹立たしくなつた、――が、煮てもうまい、漬けてもうまい。
滓酒一杯、それで虫をごまかす。
飯を食べないでも、嫌な行乞はしたくない、この気持は行乞の体験のない人には解らないらしい。
理智、理解、理論といふものが考へさせられる。
△摂取不捨[#「摂取不捨」に傍点]といふことも、同時に考へさせられる。
夜、冬村君来庵、お節句の蓬餅を貰つた、さつそく焼いて食べる、うまいうまい、つゞいて樹明君来庵、上機嫌だ、塩昆布茶をすゝりつゝ話す、そしておとなしく別れた、すこし淋しかつたが。
[#ここから2字下げ]
・春寒い鼠のいたづらのあと
・春がしける日のなにもかも雑炊にしてすする
・たたきだされて雨はれる百合の芽である
・春時化のせせらぎがきこえだした
・林も水があふれる木の芽
 土のしじまの芽ぶいてきた雑草
 草萠えるあちらからくる女がめくら
 籠りをれば風音の煤がふる
 暮れるまへの藪風の水仙の白さ
 どこかで家が建つだいぶ日が長うなつた
・やつと山の端の三日月さん
   追加一句
 春|時化《シケ》、米がなくなつて餅がある
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿九日[#「三月廿九日」に二重傍線]

快晴、春霜、なか/\寒い。
近郊散策、七句拾ふ。
△アスフアルトプラント(新国道舗装用の)を観る、人間と機械、機械と自然、この関係をはつきり理解しなければならない。
さくらのつぼみがふくらんだ、春、春、春だ。
新聞所載の九星表を見たら、『うか/\と山路に入つて、踏み迷ふ如き日』とあつた、足元御用心。
午後、意外にも敬治君来庵、自宅からわざ/\酒と餅とを持つて!
なかよくおとなしく飲んだり食べたり、山へ登つたり野を歩いたりした。
山から蘭を三株持つて帰つて、茶瓶に植ゑた、やんがて咲くだらう。
△日あたりのよい隠れ場処[#「日あたりのよい隠れ場処」に傍点]といふ語句を思ひついた。
夜、敬治君機嫌よく実家に帰る、樹明君はとう/\来なかつた、宴会があると聞いたから、おそくなつて、――とい
前へ 次へ
全24ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング