快晴、しかし何となく気が欝ぐ、この年になつて春愁でもあるまい、もつとも私は性来感傷的だから、今でも白髪のセンチメンタリストかな。
山へのぼつた、つつじの花ざかりだ、ぜんまいはたくさんあるが、わらびはなか/\見つからない、やつと五本ほど摘んだ(これだけでも私一人のお汁の実にはなるからおもしろい)、そしてつゝじ一株を盗んできて植ゑて置いた。
柿が芽ぶいた、棗はまだ/\、山萩がほのかに芽ぶかうとしてゐた、藤はもう若葉らしくなつてゐた。
昨日は蕗、今日は蕨、明日は三つ葉。
雀がきた、雀よ雀よ、鼠がゐた、鼠よ鼠よ。
みみづをあやまつて踏み殺し、むかでをわざと踏み殺した。
山で虻か何かに刺された。
持つてゐる花へてふてふ、腕へとんぼがとまつた。
すばらしい歌手、名なし小鳥がうたつてゐた。
今日は敬坊が、そして樹明君も来庵する筈なので、御馳走をこしらへて待つてゐる、――大根の浅漬、若布の酸物、ちしやなます、等々!
春は芽ぶき秋は散る、木の芽、草の芽、木の実、草の実――自然の姿を観てゐると、何ともいへない純真な、そして厳粛な気持になる、万物生成、万象流転はあたりまへといへばそれまでだけれど、私はやつぱり驚く。――
夕方、電燈工夫が来て、電燈器具をはづして持ちかへつた、彼は好人物、といふよりも苦労人らしかつた、いかにも気の毒さうに、そして心安げにしてくれた。
それにしても待つてる友は来ないで、待たない人が来たものである。
こゝで敬坊と樹明君との人物について、我観論を書き添へて置くのも悪くあるまい、両君とも純情の人である、そしてそれは我儘な人であり、弱い人であることを示してゐる、純なるが故に苦しみ我儘なる故に悩む、君よ、強い人[#「強い人」に傍点]となれ、私も。
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濫作一聯如件
・みほとけに供へる花のしつとりと露
・朝風のうららかな木の葉が落ちる
仏間いつぱいに朝日を入れてかしこまりました
・山へのぼれば山すみれ藪をあるけば藪柑子
・山ふところはほの白い花が咲いて
・によきによきぜんまいのひあたりよろし
・山かげ、しめやかなるかな蘭の花
うつろなこゝろへ晴れて風ふく
・雲のうごきのいつ消えた
燃えぬ火をふくいよ/\むなし
まひるのかまどがくづれた
いちにち風ふいて何事もなし
椿ぽとりとゆれてゐる
・鳥かけが見つめてゐる地べた
・墓場あたたかい
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