今後は酔後断じて、敬治君や樹明君といつしよに街へ出ないことを決心する、そして私一人に関する限りに於て、料理屋やカフヱーや、さういふ享楽境、遊蕩場所へ立ち寄らないことを誓約する、それぐらゐの覚悟を持つてゐなければ、とうてい真実の生活は出来ない、随つて真実の句も生れない。
不思善、不思悪、清濁併せ飲む境地へはまだ/\遠い、私はさしあたり私独りだけでも澄みきりたい。

 四月四日[#「四月四日」に二重傍線]

雨、回光返照の雨。
樹明君は学校へ、敬治君は自宅へ、私は其中庵主として。――
閑寂のよろこび[#「閑寂のよろこび」に傍点]、自分の長短がはつきり解る。
何年ぶりかで牛乳を飲む(樹明君が敬治君のために持参)。
敬治君の顔は悲しかつた、樹明君の顔は痛ましかつた、私の顔は淋しかつたらう!
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・濁つた水で木かげ人かげ
・白木蓮があざやかな夕空
[#ここで字下げ終わり]

 四月五日[#「四月五日」に二重傍線]

曇、そして晴。
やうやくにしていよ/\自己革命の時節[#「自己革命の時節」に傍点]が到来した。
九時半の汽車で来庵の大前誠二さんを駅で迎へる、お土産として灘の生一本、茹章魚、干鰈。
灘の生一本は何ともいへない醇酒だつた、さつそく一本頂戴した、酔心地のこまやかさ。
ちよつと街へ出て、お酌をしてくれる酒二三杯。
夜は樹明、冬村の二君来庵、四人でおもしろく飲んで話した。
道をおなじうするもののよろこび。
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椿の花、お燗ができました
酒がどつさりある椿の花
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 四月六日[#「四月六日」に二重傍線]

ごろ寝から覚めて、あれやこれやと忙しい(私の貧しい寝床は大前さんに提供したから)、冬村君が手伝つてくれる、樹明君もやつてくる。
其中庵の春、山頭火の春。
九時すぎ別れる、がつかりしてさみしかつた。
敬坊の手紙はかなしい。
夕方、樹明再来、つゝましく、といふよりも涙ぐましく対酌。
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・昼月へちぎれ雲
 裏口からげんげたんぽぽすみれ草
・芽ぶく梢のうごいてゐる
・みんなかへつてしまつて春の展望
・このさみしさは蘭の花
・水をくむ影する水を
 酔ひたい酒で、酔へない私で、落椿
・やりきれない草の芽ぶいてゐる
・出てあるいてもぺんぺん草
・昼月のあるだけ
・自分の手で春空の屋根を葺く
・水音
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