き割つて、そのまゝ食べる、かんばしい、久しぶりに磯の香をかいだ。
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・水音もあたらしい橋ができてゐる
・新国道まつすぐに春の風
・うらゝかにして腹がへつてゐる
・送電塔に風がある雲雀のうた
・麦田風はれ/″\として藁塚や
・裏口からたんぽゝにたんぽゝ
・春風のお地蔵さんは無一物
・あれが変電所でうらゝか
・こんなに虫が死んでゐる、たゞあかるくて
春夜の虫のもう死んでゐる
もだえつゝ死んでゆく春の夜の虫
春の夜の火事の鐘をきいてゐる
・何だか物足らない別れで、どこかの鐘が鳴る
・春寒のシヤツのボタンを見つけてつけた
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三月十五日[#「三月十五日」に二重傍線]
来信いろ/\、しみ/″\読む。
やつと米一升(二十二銭)となでしこ一袋(四銭)とを捻出した、かういふ場合でないと、飯のうまさ、煙草のうまさが全身心に味へない。
十日ぶりに入浴、剃刀がないので髯が剃れなかつたのは残念、それよりも残念なのは電球をかへることが出来ない事だ、今夜もくらがりで考へるか!
春曇らしく曇つて、多少の風、遠山は霞。
いつのまにやら、鼠がやつて来てゐるらしい、そこらをごそごそやつてゐる、食べるものがなくて気の毒千万、とても同居はむつかしからう。
ちしや、ひともじ、ほうれんさうを食べる、うれしい味だ。
夕ぐれ、ぢつとしてゐると、裏戸があいた、樹明君だ、電球を持つてきてくれた、そしてバツト、そして五十銭玉一つ、さつそく酒を買うてくる、……感泣々々。
野鼠だつた、家鼠ではなかつた、野鼠でなくては、こんなところには我慢出来ない。
虫が多くなつた、明るすぎる電燈の下で、たくさん死んでゐる、こゝにも生死去来の厳粛な相[#「生死去来の厳粛な相」に傍点]がある。
樹明君のおかげで、明るく、安らかに寝た。
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・あたゝかい雨の木の実のしづくする
・ぱつとあかるく水仙がにほふ私の机
・草の芽、釣瓶縄をすげかへる
霽れるより風が出て遠く号外の鈴の音
・裏山へしづかな陽が落ちてゆく
・落ちる陽をまへにして虹の一すぢ
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三月十六日[#「三月十六日」に二重傍線]
ぬくすぎたが、はたして雨だ、この雨が木の芽草の芽を育てるのである。
サイレンと共に起きた、何となく心楽しい朝だ。
降つたり止んだり、照つたり曇つたり、まこと
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