えられて、二里ちかく奥にある池川町へ出かけて行乞、九時から十二時まで、いろいろの点で、よい町であった(行きちがう小学生がお辞儀する)。
行乞成績は銭七十九銭、米一升三合、もったいなかった(留守は多かったけれど、お通りは殆んどなかった、奥の町はよいかな)。
渓谷美[#「渓谷美」に傍点]、私の好きな山も水も存分に味った、野糞山糞[#「野糞山糞」に傍点]、何と景色のよいこと! 三時には帰って来て、川で身心を清め、そして一杯すすった。
明けおそく暮れ早い山峡の第二夜が来た、今夜は瀬音が耳について、いつまでも睡れなかった。
宵月、そして星空、うつくしかった。
[#ここから1字下げ]
“谿谷美”
“善根宿”
“野宿”
行乞しつつ、無言ではあるが私のよびかける言葉の一節、或る日或る家で――
“おかみさんよ、足を洗うよりも心を洗いなさい、石敷を拭くよりも心を拭きなさい”
“顔をうつくしくするよりもまず心をうつくしくしなさい”
[#ここから5字下げ]
(十一月十六日)(十一月十七日)(十一月十八日)
[#ここから3字下げ]
あなたの好きな山茶花の散つては咲く(或る友に)
[#ここから5字下げ]
野宿
[#ここから3字下げ]
わが手わが足われにあたたかく寝る
夜の長さ夜どほし犬にほえられて
寝ても覚めても夜が長い瀬の音
橋があると家がある崖の蔦紅葉
山のするどさそこに昼月をおく
びつしり唐黍ほしならべゆたかなかまへ
岩ばしる水がたたへて青さ禊する
山のしづけさはわが息くさく
[#ここで字下げ終わり]
十一月十九日 秋晴、行程七里。
落出[#「落出」に傍点]の街はずれ大野大師堂でお通夜、ゆっくりして八時出立、それではどなたもごきげんよう、たいへんお世話になりました。……
昨日の道よりも今日の道、山と水とがますますうつくしくなる、引地橋ほとりの眺望もよい、猿橋のほとりも(その街を十時から十一時まで行乞)、仁淀渓谷[#「仁淀渓谷」に傍点]。
秋の日は傾いたが、舟戸で泊れない、県界――両国橋――を越えていそぐ、西の谷でも泊れない、落出に来たが泊れない(宿屋という宿屋ではみな断られた、遍路はいっさい泊めないらしい)、詮方なしに一杯かたむける、その店の人に教えられて、街はずれの丘の上にある大師堂でお通夜した、戸があり茣蓙があって、なかなかよかった、お弁当の残りを食べ、飴玉をしゃぶりつつ、い
前へ
次へ
全20ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング