なだが乳房もあらはに
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九月壱日[#「九月壱日」に二重傍線]
晴、八朔、二百十日の厄日である、関東大震災十週年、何といふおだやかさ。
七時から十時まで岡枝及び田部行乞、それから歩む、小月は行乞しないで、清末のところ/″\を行乞する、疳癪がおきてしようがないから酒屋で一杯いたゞきたいといふたらお断り、カリウチは出来ませんといふ、それでは鉄鉢へ入れて貰ひましよう、酒の出したのがありません、といつたやうな問答、いよ/\疳の虫がおさまらない、やつと或る酒屋で一杯ひつかけると、すぐおさまつた、まことに酒は疳の妙薬でありまする。
ぶらりだらりと長府町へはいつて裏道を歩いてゐたら、ひよつこり黎々火君に出逢つた、偶然にしてはあまりに偶然すぎるが、訪ねてゆく途上で出逢ふたのはうれしい、さあ、ようこそと迎へられて、まず入浴、そして、つめたいうまい水を腹いつぱい飲むことは忘れなかつた。
かういふ家庭の雰囲気にひたると、家庭といふものがうらやましくなる。……
心づくしのかず/\の御馳走になる。
明月、涼風、籐椅子、レコード、物みなよろし。
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行乞所見
橋の名にもいろ/\あるが。――
夜長橋、月見橋、納涼橋などは風雅で、しかも嫌味がない、解り易くて要を得てゐる、日本の田舎の橋らしい名である。
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・山桐のかたまつて実となつてゐる
・この山里にも泊るところはあるかなかな
・制札にとんぼとまつてゐる西日
・こうろぎ、旅のからだをぽり/\と掻く
・日ざかりの石ころにとんぼがふたつ
・なんとすずしい松かげに誰もゐない
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行程四里。
所得、銭五十三銭と米一升六合。
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九月二日[#「九月二日」に二重傍線]
今日も好晴。
二人で朝の散歩。
おひるはまたお酒をいたゞいた、行乞米を貰つて下さつてお布施を下さつた、襦袢の手入、浴衣の洗濯、そして褌まで頂戴した、黎々火さんはほんとうによい肉縁の人々を持つてゐる、お父さんの温情、お母さんの慈愛、あゝ羨ましい。
二時お暇乞する、二人で下関へ出かけるのである、途中で沢田さんといふ方に招かれてちよつと話す、色紙に悪筆を揮ふ。
電車で下関へ着いたのは四時頃、茶碗、シヤボン、本、小刀、インキ等を買ふ、そして本町の馴染の宿へいつて荷物を預け、浴衣に着換
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