にはおそかつた蜩の安宿で
 枕がひくうて水音がたえない一夜
 たつた一軒家の白木槿咲いてゐる
・水瓜はごろりと日ざかりの畑
   (乞食坊主の頭陀のおもさよ)
 水音のかなかなの明けてくる
・窓は朝蜘蛛のうごかない山がせまり
 ながれ、寝苦しかつた汗をながす
・みんなたつしやでかぼちやのはなも
・こどもばかりでつくつくぼうし
・家あれば水が米つく
・どこまでついてくるぞ鉄鉢の蠅
・家がとぎれると水音の山百合
 煙が山から人間がをる
 仲よく朝の山の草刈る
・いたゞきのはだかとなつた
・こゝからふるさとの山となる青葉
 山奥の田草とる一人には鶯
 人にあはない山のてふてふ
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿九日[#「七月廿九日」に二重傍線]

曇、六時から行乞、ずゐぶん暑い、流れに汗を洗ふ、山がちかく蝉がつよく、片隅の幸福[#「片隅の幸福」に傍点]とでもいふべきものを味ふ。
今日の道はよかつた、山百合、もう女郎花が咲いてゐる、にい/\蝉、老鶯、水音がたえない、佐波川はなつかしかつた。
あの無[#「無」に「マヽ」の注記]限者のうちへはおいでなさい、なか/\の善根家で、たくさんくれますよと教へて下さつた深切な人もあつた。
河鹿がそこらでかすかに鳴いてくれてゐた。
労[#「労」に「マヽ」の注記]れて、四時すぎには小古祖の宿屋で特に木賃で泊めて貰つた、おばあさん一人のきれい好きで、まことによい宿だつた。
同宿四人、みんな愚劣な人ばかりだつた(現代の悪弊だけを持つて天真を失つてゐる)。
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今日の所得は銭二十銭と米四升。
行程七里。
河野屋の木賃は三十銭。
夕食(ちくわ一皿、ぢやがいも一皿、沢庵漬)うるかをよばれた。
朝食(味噌汁、漬物)
[#ここで字下げ終わり]
宿の前にある水は自慢の水だけあつてうまかつた、つめたすぎないで、何ともいへない味はひがあつた、むろん二度も三度も腹いつぱい飲んだ。
△どこへいつても、どんなをんなでも(一部の老人と田草取とをのぞけば)アツパツパ[#「アツパツパ」に傍点]を着てゐる、簡単服、家庭服として悪くはないが、どうぞヅロース一番[#「ヅロース一番」に傍点]せられよ(天声子の語を借る)。
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・楮にこんにやくが青葉に青葉
 ふるさとのながれや河鹿また鳴いてくれる
・ふるさとの水をのみ水をあび
・長い橋それを
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