足なく剰余もない生活、さういふ生活を私は欣求する、さういふ生活がほんとうではあるまいか。
△自浄吾意[#「自浄吾意」に傍点]、これが人間生活の基調でなければならない、念々不停流[#「念々不停流」に傍点]、これが生活態度でなければならない、朝々日は東より出で[#「朝々日は東より出で」に傍点]出で[#「出で」に「マヽ」の注記]夜々月は西に沈む[#「夜々月は西に沈む」に傍点]、――私たちの生活はこゝから出発してこゝに到着しなければならない。
樹明来信、これで私も安心した、どうやら因縁が熟して時節到来したらしい、お互にしつかりやりませうよ。
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 よい朝のよい御飯が出来た
 草ふかくおどりあがつたよ赤蛙
 晴れさうなきりぎりすのないてはとぶ
・ちぎられてまた伸びてもう咲いてゐる
・いつもかはらぬお地蔵さんで青田風
・水音をふんで下ればほととぎす
・しづむ陽をまへにして待つてゐる
・すつぱだかへとんぼとまらうとするか
・ふりかへるうしろすがたが年よつた
 雑草にうづもれてゐるてふてふとわたくし
・とんできたかよ螢いつぴき
[#ここで字下げ終わり]

 六月廿八日[#「六月廿八日」に二重傍線]

早すぎるけれど、寝床でぐづ/\してゐるのは嫌だから跳ね起きる、そしてあるだけの米を飯にする。
雨、雨の音はいいな、その音に聴き入る、身心なごやかになる。
昼の蚊は憎いな。
敬坊から来信、明日来庵といふ、うれしいな。
敬坊は人道的[#「人道的」に傍点]、樹明君は人情的[#「人情的」に傍点]、私はそのどちらでもあり、そのどちらでもない、むしろ非人道的、非人情的でありたいと考へてゐる(感傷的であるのは恥づかしい)。
梅雨らしく降つたり晴れたりする、やむなく行乞は見合せる、明日の米がないけれど、明日は明日の事だ、明日の事は明日に任しておけ!
午後は草取、取らずにはゐられない草だけ取る、雑草、雑草、雑草風景[#「雑草風景」に傍点]は悪くない、其中庵にふさはしい。
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・あんなに高く蜘蛛が網張る朝焼
 朝焼しめやかな雨がふる
・朝焼の大きい葉が落ちた
・雨が地べたをたたく音の中
・昼も蚊が喰ふ肉体をいたはる
・赤い花のしぼめば白い花のひらく
・伸びあがつて蔓草のとりつくものなし
 雑草みんないつしんに雨を浴びて
・竹の子も竹となつた窓の明け暮れ
・竹の子竹になる明るい雨ふる
 晴れると開く花で
・梅雨空へ伸びたいだけ伸びてゐる筍
・降つたり照つたり何事もなくて暮れ
   追加一句
・日が長い家から家へ留守ばかり(行乞)
 窓へ竹の子竹となつて(追加)
[#ここで字下げ終わり]

 六月廿九日[#「六月廿九日」に二重傍線]

今朝は一粒の米もないから、そして味噌は残つてゐたから、それだけ味噌汁にして吸ふ、実は裏から筍二本!
夜明けの蛙の唄はよろしい。
黴には閉口、もつとも梅雨と黴とは離れられないが。
断食――たゞしくは絶食、私の今日の場合では――それもよからう、よからうよ。
葉が落ちる、柿の葉はばさり[#「ばさり」に傍点]――昔の人は婆娑[#「婆娑」に傍点]と書いたがその通り。
虻には困る、蚋にも。
日が照れば、何とうつくしいトカゲの色ごろも!
虫の声はいゝ、コウロギはまだをさなく、キリギリスはいゝ。
曇、行乞は今日も駄目。
適意――自適――この言葉にふくむニユアンスが、すなはち、私のニユアンスだ、――かういふ生活もないことはない。
娘さんがうたふ、梅をもいでゐる、その梅の実を一升買ふ。
昼飯は五厘銅貨を豆腐に代へて、それですます。
△豆腐の味は水のそれとおなじ、冷暖自知、いひがたし。
野の花はどれもうつくしい、をどりこ草を活ける、露草がもう咲いてゐた。
敬治君、約束の如く来庵、予感の如く樹明君も来庵、よい酒をのんだ、うまい、うまい。
樹明君早く帰る、敬治君と私とは街へ出て、米を買ひ、ビールを飲んで戻つて寝た、めでたし、めでたし、ほんにめでたやなあ!
夜ふけて飯を炊いて食べる。――
螢がとぶ、とばない螢がこゝそこ。
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・てふてふひらひらおなかがすいた
・けふは水ばかりのむ風のふく
 わたしの胡瓜の花へもてふてふ
 花にもあいたかてふてふもつれつつ
・障子ひらけば竹に雀の前景がある
・むしあつく蟻は獲物をだいてゐる
・ひとりでたべるとうがらしがからい
・萱の穂も風が畳をふきぬける
・どなた元[#「た元」に「マヽ」の注記]気で夏畑の人や虫や
・ひらくより蝶が花のうへ
 ……………(これは酔線なり、今日の)
[#ここで字下げ終わり]

 六月三十日[#「六月三十日」に二重傍線]

ほとんど徹夜した、敬治君はよく眠つてゐる。
曇、すこし朝焼、多少の風。
昨夜はやつぱり飲みすぎだつた、私は女難を知らないけれど
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