らない。
暑さは植物にもこたえる、山東菜が芽ぶいたことは芽ふいたが、春のやうに成長しない。
雷電、雷鳴、これで梅雨もあがるのだらう、今日から盛夏。
夕立が晴れて、やりきれなくて街へ出かける、わざ/\出かけてやうやく一杯だ、だがその一杯は百杯万杯に値する、ほんにわたしは酒好きで、酒好きは酒飲む外ない!
酒一杯ひつかけて、そして、花と句とをひらうてもどつた。
樹明君から、キヤベツとキユウリとを送つてきた、明日のために、明日は緑平来、そして白船来の日である。
しづかな、ほんとうにしづかなゆふべであつた。
△いのちのよろこびはしづけさ、しめやかさにあると思ふ。
今宵は十五夜である、月がうつくしかつた、昼寝したゝめに、そして多少興奮してゐるために、いつまでもねむれなかつた。
今日も私は俳句屋[#「俳句屋」に傍点]だつた(午前は乞食坊主だつたが)。
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・楊桃《ヤマモモ》は枝ながら実家《サト》のおみやげに
・これで昼飯にしよう青田風
・日ざかりのきりぎりすは鳴きかはし
・橋の日かげへ女ばかりのボートで
 うらみちは夏草が通れなくしたまんま
・もどるより水を火を今日の米をたき
・黴だらけの身のまはりをあらうてはあらふ
・田草とるしたしさもわかいめをとで
・まへもうしろも耕やす声の青葉
 いなびかり畑うつ音のいそがしく
・かみなりうつりゆく山のふかみどり
 夕立たうとして草は木は蝶もとばない
・雨はれた若竹にとんぼが来てゐる
・雨のいろの草から草へてふてふ
・暮れきらない空は蜘蛛のいとなみ
・街へ出かける夕立水のあふれてゐる
・蓮田いつぱいの蓮の葉となつてゐる夕立晴
・夕立晴の花をたづねてあるく
 つきあたりはガソリンタンの[#「ンの」に「マヽ」の注記]うつくしいペンキの模様
・夕立が洗つていつた月がまともで
 寝て月を観る蚊帳の中から
[#ここで字下げ終わり]
何となく、不安、動揺、焦燥、憂欝――身心の変調を感じる、その徴候の一つとして連夜の不眠がある、また行乞の旅に出る外あるまい。
清閑、自適、任運、孤高――さういふところへ私の心はうごいてきて、そしてその幾分かをあたへられてゐるのであるが、私はさらにうごいてゆかなければならない、うごきつゝある、うごかずにはゐられないのである。……

 七月八日[#「七月八日」に二重傍線]

晴、緑平老を迎へる日である、待つ
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