#ここで字下げ終わり]
これで二三日は死なゝいですみます!
[#ここから2字下げ]
 山は青葉して招魂碑いよ/\白し
・水車ふむほどに太陽のぼるほどに
 空が人が田植はじまつてゐる
・なんできたかよ蛇のすずしい眼
 みんな留守で燕だけ
・兄がもげば妹がひらふさくらんぼ
    □
・なにかそこらで燃えてゐる音の夕凪
 ふくらうがよびかける声をきいてゐる
・青葉や青空や大きな胃袋を持つて歩く
・ひとりとなればひとりごと
・あれは竹の皮が落ちる夜の声
[#ここで字下げ終わり]

 六月十八日[#「六月十八日」に二重傍線]

晴、めづらしく小鳥が来て啼く、しづかな明け暮れ。
休養読書。
枇杷の実がつぶらに色づいてきた、Jさんの子供たちが来てよろこんでうまさうに、もいではたべる、たべてはもぐ。
[#ここから2字下げ]
・ほつかり朝月のある風景がから[#「から」に傍点]梅雨
 夕闇の筍ぽき/\ぬいていつたよ
   旧作再録
 ぢつとたんぽぽのちる
 やつぱり一人がよろしい雑草
 どうにもならない矛盾が炎天
 線路まつすぐヤレコノドツコイシヨ
 焼跡なにか咲いてゐる方へ
 埃まみれで芽ぶいたか
 送電塔が青葉ふかくも澄んだ空
 やつと芽がでたこれこそ大根
 すずめおどるやたんぽぽちるや
 暮れてつかれてそらまめの花とな
[#ここで字下げ終わり]

 六月十九日[#「六月十九日」に二重傍線]

ずゐぶん早く起きた、暁天の蛙声はよかつた、ほつかりと朝月があつて空梅雨、何となくニヒリスチツクな風景。
行乞は気分がふさぐから止めにして庵中閑打坐。
すこし梅雨らしく曇つては見せるが、なか/\降つてくれない。
△食べる事[#「食べる事」に傍点]、そして寝る事[#「寝る事」に傍点]をのぞいて、他に何事が私に残つてゐるか!
Jさんが唐辛を持つてきてくれた、何よりの贈物だ。
一杯やりたい慾望、性慾のなくなつた安静。
私の生活もいよ/\単純、簡素、枯淡になつた、これで追想や空想や妄想がなくなると申分ないのだが。
蚯蚓のやうに、土のやすけさを味へ。
野菜に水をやる、雨――自然の偉大を考へさせられる、今更のやうに。
夜、樹明君が袖に螢を一匹つけて来た、どうしても来ずにはゐられないから来たといふ、何といふうれしい言葉だらう。
きりぎりすが鳴きはじめた。
[#ここから2字下げ]
・朝露しとゞ、行きたい方へ行く
・これでもわたしの胡瓜としそよいでゐる
・菜も草も朝はよいかなそよいでゐる
・窓へ筍伸びきつた
・蜂がとんぼが通りぬけるわたしは閑打坐
 どうやら雨となりさうな蛙のコーラス
 青葉まぶしく掌をひらく
 飯の煮えてきた音のしづけさで
・夕あかりの枇杷の実のうれて鈴なり
・酒がほしいゆふべのさみだれてくれ
・何やらたたく音の暮れがてに
・夜ふけて落ちる木の葉の声は柿の葉
・夜明けの月があるきりぎりす
[#ここで字下げ終わり]

 六月廿日[#「六月廿日」に二重傍線]

早すぎるほど早く起きて仕度をした、すつかり片づけて、伊佐地方を行乞すべく出かけた、五時頃だつたらう。
裏山の狐が久しぶりに鳴くのを聞いた。

 六月廿日[#「六月廿日」に二重傍線]
       行乞記
 六月廿一日[#「六月廿一日」に二重傍線]



底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング