がつたりして、ゆつくり話しあふことが出来なかつたのは残念だつた、またの機会を待たう。
[#ここから2字下げ]
・ふるさとの蟹の鋏の赤いこと
・ふるさとの河原月草咲きみだれ
・蝉しぐれ、私は幸福である
・ふるさとの水だ腹いつぱい
・ふるさとの空の旗がはたはた
・ひさびさ雨ふりふるさとの女と寝る
・日向草の赤いの白いのたづねあてた
    □
・うぶすなの宮はお祭のかざり
・うぶすな神のおみくじをひく
    □ 展墓
・おもひでの草のこみちをお墓まで
 夏草、お墓をさがす
・すゞしくお墓の草をとる
 お墓の、いくとせぶりの夏草をぬく
    □ 追加
 みんなに話しかける青葉若葉のひかり
[#ここで字下げ終わり]

 八月五日

曇、眼がさめるとまたビールだ、かうしたアルコールはいくらのんでもよろしからう。
名残は尽きないけれど、東路君は勤人、私は行乞坊主なので、再会を約して別れる、八時の列車で小郡へ。――
農学校に樹明さんを訪ねる、いつもかはらぬ温顔温情の持主である、こゝでもまたビールだ、いかな私もビール巻[#「ル巻」に「マヽ」の注記]鮨の方がうまかつた!
樹明さんの紹介で永平さんに初相見した、私たちの道の同行に一人を加へられたことを喜ぶ。
防府で、小郡で、その他で、山頭火後援会の会員が十口くらい出来たのは(いや出来るのは)うれしい。
学校として、農学校は好きだ、動物植物といつしよに学び、いつしよに働らいてゐるから。
樹明居の一夜は一生忘れることの出来ない印象を刻みつけた、酒もよい、肴もよい、家も人も山も風もみんなよかつた、冬村君もよかつた、君のおみやげの梅酒もよかつた、あゝよかつた、よかつた。
あんまり物みながよくて一句も出なかつた。

 八月六日

暁の雨は強かつた、明けても降つたり晴れたりで、とても椹野川へ鮒釣りに行けさうもないので、思ひ切つてお暇乞する、こゝでもまた樹明さんの厚意に涙ぐまされた、駅まで送つて貰つた。
何といろ/\さま/″\のお土産品を頂戴したことよ! 曰く茶卓、曰く短冊掛、曰く雨傘(しかも、それは其中庵の文字入だ)曰く何、曰く何、そして無論、切符から煙草まで、途中の小遣までも。
汽車と自動車だから世話はない、朝立つて昼過ぎにはもう宿にま[#「ま」に「マヽ」の注記]どつた、一浴して一杯やつて、ごろりと寝た。
やつぱり、川棚の湯は私を最もよく落ちつかせてくれる、昨日、学校の廊下で藤[#「藤」に「マヽ」の注記]椅子の上の昼寝もよかつたが、今日の、自分の寝床でのごろ寝もよかつた。
朝湯と昼寝と晩酌[#「朝湯と昼寝と晩酌」に傍点]とあれば人生百パアだ!
[#ここから2字下げ]
・すゞしく自分の寝床で寝てゐる
・稲妻する夜どほし温泉《ユ》を掘つてゐる
[#ここで字下げ終わり]

 八月七日

まだ雨模様である、我儘な人間はぼつ/\不平をこぼしはじめた。
此宿の老主人が一句を示す。――
[#ここから3字下げ]
蠅たゝきに蠅がとまる
[#ここで字下げ終わり]
山頭火、先輩ぶつて曰く。――
[#ここから3字下げ]
蠅たゝき、蠅がきてとまる
[#ここで字下げ終わり]
しかし、作者の人生観といつたやうなものが意識的に現はれてゐて、危険な句ですね、類句もあるやうですね、しかし、作者としては面白い句ですね、云々。
動く、秋意動く(ルンペンは季節のうつりかはりに敏感である、春を冬を最も早く最も強く知るのは彼等だ)。
山に野に、萩、桔梗、撫子、もう女郎花、苅萱、名もない草の花。
[#ここから2字下げ]
・秋草や、ふるさとちかうきて住めば
・子に食べさせてやる久しぶりの雨
・秋めいた雲の、ちぎれ雲の
[#ここで字下げ終わり]
焼酎一杯あほつたせいか、下痢で弱つた、自業自得だ。

 八月八日 川棚温泉、木下旅館。

立秋、雲のない大空から涼しい風がふきおろす。
秋立つ夜の月(七日の下弦)もよかつた。
五六日見ないうちに、棚の糸瓜がぐん/\伸んで、もうぶらさがつてゐる、糸瓜ういやつ、横着だぞ!
バラツク売家を見にゆく、其中庵にはよすぎるやうだが、安ければ一石二鳥だ。
今日はめづらしく一句もなかつた、それでよろしい。

 八月九日

朝湯のきれいなのに驚かされた、澄んで、澄んで、そして溢れて、溢れてゐる、浴びること、飲むこと、喜ぶこと!
野を歩いて持つて帰つたのは、撫子と女郎花と刈萱。
夜、椽に茶卓を持ちだして、隣室のお客さんと一杯やる、客はうるさい、子供のやうに(後記)。
よいお天気だつた、よすぎるほどの。
あゝあゝうるさい、うるさい、こんなにしてまで私は庵居しなければならないのか、人はみんなさうだけれど。
[#ここから2字下げ]
・炎天の電柱をたてようとする二三人
[#ここで字下げ終わり]
独身者は、誰でもさうだが、旅から戻つてきた時、
前へ 次へ
全33ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング