て彼等の会話、――冷たいわねえ、いゝ時候ですわね――モチ、私の白日夢[#「白日夢」に傍点]の一片である、ハ、ハ、ハ。――
午後はまた魚釣に出かけた、一時間ほど、今日の獲物は本当の雑魚七尾(其内訳は鮠二、ドンコ二、ニゴヅ三、そしてドンコの一は川で洗ふ時ツルリと逃げた、何といふ幸運なドンコだつたらう)それをコリ/\焼(これは私だけの術語で、小魚を丹念に遠火で焼き、噛めばコリ/\音がするまで焼きあげるのである、ちつとも腥くない、それだけ味は劣るが)にして焼酎を一杯やつた、うまかつた、所謂、ほろ/\とろ/\の境[#「ほろ/\とろ/\の境」に傍点]である。
食後、夕べの散歩がてら樹明居へ推参、案の如く不在、一時間ばかり待つたが、待ちきれないで帰る、途中ヒヨツコリ樹明さんと逢ふ、樹明さんは私の所で私を待つてゐて、待ちきれないで帰つて来たのだといふ、二人が別々に二人を待つてゐたのだつた、これも人生の一興たるを失はない。
初めて樹明さんの労働姿を見た、初めて樹明さんの父君と話した、此父にして此子あり、此子にして此父あり、すつかり信服した、大人の風格[#「大人の風格」に傍点]があるとでもいはうか。
樹明さん再度来訪、何だか嬉しくて飲みはじめた、一時頃別れる、二人ともかなり酔うてゐた。
今日の午後は、樹明さんと冬村君とが、いよ/\例の廃屋を其中庵として活かすべく着手したとの事、草を刈り枝を伐り、そしてだん/\庵らしくなるのを発見したといふ、其中庵はもう実現[#「実現」に傍点]しつつあるのだつた、何といふ深切だらう、これが感泣せずにゐられるかい。
明日は私も出かけて手伝はう、其中庵は私の庵ぢやない[#「其中庵は私の庵ぢやない」に傍点]、みんなの庵だ[#「みんなの庵だ」に傍点]。
樹明さんからの贈物、――辛子漬用の長茄子、ニンヂンのまびき菜、酒と罐詰。
真昼の茶碗が砕けた、ほがらかな音だつた、真夜中の水がこぼれた、しめやかにひろがつた。……
[#ここから2字下げ]
・汲みあげる水のぬくさも故郷こひしく
・枯れようとして朝顔の白さ二つ
石地蔵尊その下で釣る
・暮れてとんぼが米俵編んでゐるところ
・灯かげ月かげ芋の葉豆の葉(改作)
[#ここで字下げ終わり]
一つ風景――親牛仔牛が、親牛はゆう/\と、仔牛はちよこ/\と新道を連れられて行く、老婆が通る、何心なく見ると、鼻がない、恐らくは街の女の成れの果だらう、鐘が鳴る、ぽか/\と秋の陽が照りだした、仰げばまさに秋空一碧となつてゐた。……
九月八日
酔中、炊いたり煮たり、飲んだり食べたりして、それを片付けて、そのまゝごろ寝したと見える、毛布一枚にすべてを任しきつた自分を見出した。
雨がをり/\ふるけれど、何となくほゝゑまれる日だ。
彼が変人[#「変人」に傍点]だつたといふことが彼を不幸にしたのである、彼が悪人[#「悪人」に傍点]又は畸人[#「畸人」に傍点]であつたならば、あゝまで不幸にはならなかつたらう(変人の多くは厭人[#「厭人」に傍点]だから)。
其中庵へ行つた、屋根の茸替中だつた[#「茸替中だつた」はママ]、見よ、其中庵はもう出来てゐるのだ、夏草も刈つてあつた、竹、黄橙、枇杷、密[#「密」に「マヽ」の注記]柑、柿、茶の木などが茂りふかく雨にしづもり立つてゐた。……
米はKさんが、塩はIさんがあげます、不自由はさせませんよといつて下さる、さて酒は。――
百舌鳥の最初の声をきいた、まだ秋のさけびにはなつてゐない。
辛子漬をするために、壺、鉢、塩などを買ふ、大根も買つた、久しぶりに大根おろしが食べられる。
塩は安い、野菜も安い、高いのは酒である。
こゝの人々――家主の方々、殊に隣家の主人――は畑作りが好きで、閑さへあれば土いぢりをしてゐる、見てゐて、いかにも幸福らしく、事実また幸福であるに違ひない、趣味即仕事といふよりも仕事即趣味だから一層好ましい。
けさ播いてゆふべ芽をふく野菜もある、昨日播いたのに明日でなければ芽ふかないのもあるといふ、しよつちゆう、畑をのぞいて土をいぢつて、もう生えた、まだ生えないとうれしがつてゐる、私までうれしくなる。
どうも枕がいけない、旅ではずゐぶん枕のために苦労した、枕のよしあし、といふよりもすききらひが私の一日、いや一生を支配するのである!
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・日照雨ぬれてあんたのところまで
ふつたりはれたり傘がさせてよろこぶ子
・鳴いてきてもう死んでゐる虫だ
□
・さみしうてみがく
[#ここで字下げ終わり]
ひとりがさみしうなると、私はキツパチをみがいてゐる、だからキツパチのツヤ即ワタシのサミシサ[#「キツパチのツヤ即ワタシのサミシサ」に傍点]である。
いろんな虫がくる、今夜はこほろぎまでがやつてきて、にぎやかなことだつた。
九月九日
相かはらず
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