よかつた。
今日、途上で巡査に何をしてゐるかと問はれて、行乞をしてると答へたが、無能無産なる禅坊主の私は、死なゝいかぎり、かうして余生をむさぼる外ないではないか、あゝ。
平戸町内ではあるが、一里ばかり離れて田助浦といふ、もつとうつくしい短汀曲浦がある、そこに作江工兵伍長の生家があつた、人にあまり知られないやうに回向して、――
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・弔旗へんぽんとしてうらゝか
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島! さすがに椿が多い、花はもうすがれたが、けふはじめて鶯の笹鳴をきいた。
鰯船がついてゐた、鰯だらけだ、一尾三厘位、こんなにうまくて、こんなにやすい、もつたいないね。
平戸にはかなり名勝旧蹟が多い、――オランダ井、オランダ塀、イギリス館の阯、鄭成功の……
四月二日[#「四月二日」に二重傍線] 晴、また腹痛と下痢だ、終日臥床。
緑平老の手紙は春風春水一時到の感があつた、まことに持つべきものは友、心の友である。
April fool! 昨日はさうだつたが今日もさうらしい、恐らくは明日も――マコト ソラゴト コキマゼテ、人生の団子をこしらへるのか!
しく/\腹がいたむ、読書も出来ない、情ないけれど自業自得だ、病源はシヨウチユウだつたのだ。
四月三日[#「四月三日」に二重傍線] 雨かと心配したが晴、しかし腹工合はよくない。
寝てばかりもゐられないので三時間ばかり町を行乞する、行乞相は満点に近かつた、それはしぼり腹のおかげだ、不健康の賜物だ、春秋の筆法でいへば、シヨウチユウ、サントウカヲタヾシウスだ。
湯に入つて、髯を剃つて、そして公園へ登つた(亀岡城阯)、サクラはまだ蕾だが人間は満開だ、そこでもこゝでも酒盛だ、三味が鳴つて盃が飛ぶ、お辨当のないのは私だけだ。
昨日も今日もノン アルコール デー、さびしいではありませんか、お察し申します。
春風シユウ/\といふ感じがした、歩いてをれば。
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平戸よいとこ旅路ぢやけれど
旅にあるよな気がしない
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同宿二人、一人は例の印肉屋老人、一人は老遍路さん、此人酒はのまないけれど女好き(一円位で助平後家はありますまいかなどゝといふ、人事ではないが)。(know thyself!)
印肉屋老人は自称八十八才、赤い襦袢を着てゐる、酒のために助からない人間の一人だ、ありがたうございました(これはこれ蚯蚓の散歩[#「蚯蚓の散歩」に傍点]なり)。
もう一人の老遍路さんは、□□者のカンシヤク持、どうしても雰囲気にはあはないといふ、まつたくさうだらうと思ふ、そのくせ彼はケチンボウのスケベイだ、しかし彼には好感が持てた、野宿常習遍路にして、飲むのは二円の茶!
印肉老人また出かけて酔うて来て踊つた、踊つた、夜の白むまで踊つた、だまつて、ひとりでおとなしく――あゝ、かなしい、さみしい。
また雨、ふるならふりやがれ!
晴れて寝、曇つて歩く、善哉々々。
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酔ひどれも踊りつかれてぬくい雨
ふるさと遠い雨の音がする
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けふの道はよかつた、汗ばんで歩いた、綿入二枚だもの、しかし、咲いてゐたのは、すみれ、たんぽゝ、げんげ、なのはな、白蓮、李、そしてさくら。……
これだけの労働、これだけの報酬。
酒代は惜しくないけれど酒は惜しい、物そのものを[#「物そのものを」に傍点]愛する、酒呑心理。
人間はあまりたつしやだと横着になる。
□□を、愛する夢を見た。
とう/\一睡もしなかつた、とろ/\するかと思へば夢、悪夢、斬られたり、突かれたり、だまされたり、すかされたり、七転八倒、さよなら!
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――(これから改正)――
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時として感じる、日本の風景は余り美しすぎる[#「余り美しすぎる」に傍点]。
花ちらし[#「花ちらし」に傍点]――村総出のピクニツク――味取の総墓供養。
四月四日[#「四月四日」に二重傍線] 雨、曇、晴、行程三里、御厨、とうふや(三〇・中)
ぽつり/\歩いてきた、腹がしく/\痛むのである、それでも三時間あまりは行乞した。
腹工合は悪かつたが行乞相は良かつた。
留置郵便を受取る、うれしかつた、すぐそれ/″\へハガキをだす、ハガキでも今の私にはたいへんである。
此宿はよい、電燈を惜むのが玉に疵だ(メートルだから)。
ゆつくり飲んだ、わざ/\新酒を買つて来て、そして酔つぱらつてしまつた、新酒一合銅貨九銭の追加が酔線[#「酔線」に傍点]を突破させたのである、酔中書いたのが前頁の通り、記念のために残しておかう、気持がよくないけれど(五日朝、記)。
アルコールのおかげでグツスリ寝ることが出来た、昨夜の分までとりかへした、ナム アルコール ボーサー。
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・草餅のふ
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