ていたゞいたことなども想ひだしたりして。
同宿のルンペン青年はまづ典型なものだらうが、彼は『酒ものまない、煙草もすはない、女もひつぱらない、バクチもうたない、喧嘩もしない、たゞ働きたくない』怠惰といふことは、極端にいへば、生活意力がないといふことは、たしかに、ルンペンの一要素、――致命的条件だ。
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   座右銘として
おこるな しやべるな むさぼるな
  ゆつくりあるけ しつかりあるけ
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 三月七日[#「三月七日」に二重傍線] 降つたり霽れたり、行程四里、仁井山、麩屋(二五・中)

朝早く出立、歩きだしてほつとした、ほんたうにうるさい宿だつた、ゆう/\と歩く、いいなあ!
今日の行乞相はよかつた、心正しければ相正し、物みな正し。
今日は妙な日だつた、天候も妙だつたが人事も妙だつた、先づ、佐賀を立つて一里ばかり、畦草をしいて一服やつてゐると、刑事らしい背広服の中年男が自転車から下りて来て、何かと訊ねる、素気なく問答してゐたら――振向きもしないで――おとなしくいつてしまつた、それからまた一里、神崎橋を渡つて行乞しはじめたら、前の飲食店から老酔漢が飛びだして、行乞即時停止を命じた、妙な男があるものだわいと感心してゐるうちにドシヤ降りになつた、行乞は否応なしに中止、合羽を着て仁井山観音参拝、晴間々々を二時間ばかり行乞、或る家で、奥様が断つて旦那はお茶をあがれといふ、ずゐぶん妙だ、それからまた歩いていると呼びとめられる、おかみさんが善根宿をあげませうといふ、此場合、頂戴するのがホントウだけれど、ウソをいつて体よく断る。……
久しぶりに山村情調を味はつた、仁井山(第二十番札所地蔵院)はよいところ、といふよりも好きなところだつた、山が山にすりよつて水がさう/\と流れてくる、山にも水にも何の奇もなくて、しかもひきつけるものがある、かういふところではおちつける、地蔵院の坊守さんがつゝましくお茶をよんで下さつた、しづかでいゝところですね、と挨拶したら、しづかすぎまして、と微笑した。
同宿三人、みんな好人物、遠慮のない世間話で思はず夜がふけた。
此宿のおかみさんはもう三年越しの起居不自由だ、老主人が何もかもやつてゐる、それを見るともなく見て、つく/″\女は我まゝだなあと恐れ入らざるをえなかつた。
彼はいつも、食べることばかりいふ、彼をあはれむ
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