一温、それが取りも直さず人生そのものだ。
行乞相も行乞果もあまりよくなかつた、恥づべし/\。
昨夜は優遇されたので、つい飲み過ごしたから、今夜は慎しんで、落ちついて読書した。
此宿は本当にいゝ、かういふ宿で新年を迎へることが出来るのは有難い。
『年暮れぬ笠きて草鞋はきながら』まつたくその通りだ、おだやかに沈みゆく太陽を見送りながら、私は自然に合掌した、私の一生は終つたのだ、さうだ来年からは新らしい人間として新らしい生活を初めるのである。
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 ここに落ちついて夕顔や
・雨の二階の女の一人は口笛をふく
    □
・ふるさとを去るけさの鬚を剃る
・ずんぶり浸るふる郷の温泉《ユ》で
・星へおわかれの息を吐く
・どこやらで鴉なく道は遠い
・旅人は鴉に啼かれ
・旅は寒い生徒がお辞儀してくれる
・旅から旅へ山山の雪
・身にちかく山の鴉の来ては啼く
   熊本県界
・こゝからは筑紫路の枯草山
   自嘲
・うしろ姿のしぐれてゆくか
   大宰府三句
 しぐれて反橋二つ渡る
・右近の橘の実のしぐるゝや
・大樟も私も犬もしぐれつゝ
    □
・ふるさと恋しいぬかるみをあるく
・街は師走の売りたい鯉を泳がせて
   酒壺洞房
・幼い靨で話しかけるよ
    □
・師走のゆきゝの知らない顔ばかり
・しぐれて犬はからだ舐めてゐる
    □
・越えてゆく山また山は冬の山
・枯草に寝ころぶやからだ一つ
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       ×  ×  ×
まづ何よりも酒をつゝしむべし、二合をよしとすれども、三合までは許さるべし、シヨウチユウ、ジンなどはのむべからず、ほろ/\としてねるがよろし。
いつも懺悔文をとなふべし、四弘誓願を忘るべからず。――
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我昔所造諸惑[#「惑」に「マヽ」の注記]業  皆由無始貪慎痴
従身口意之所生  一切我今皆懺悔

衆生無辺誓願度  煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学  仏道無上誓願成
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一切我今皆懺悔――煩悩無尽誓願断――



 一月一日[#「一月一日」に二重傍線] 時雨、宿はおなじく豆田の後藤といふ家で。

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・水音の、新年が来た
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何としづかな、あまりにしづかな元旦だつたらう、それでも一杯ひつかけてお雑煮も食べた。
申の歳、熊本の事を思ひ
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