調和して、別荘や料理屋を建てさせてゐる、規模が小さいだけ、ちんまりと纒まつてゐる。
一坊寺といふ姓があつた、加布里《カムリ》といふ地名と共に珍らしいものである。
また不眠症にかゝつた、一時が鳴つても寝つかれない、しようことなしに、まとまらないで忘れかけてゐた句をまとめる。――
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・道が分れて梅が咲いてゐる
・沿うて下る枯葦の濁り江となり
古風一句
たゞにしぐれて柑子おちたるまゝならん(追想)
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一月十八日[#「一月十八日」に二重傍線] 晴、行程四里(佐賀県)浜崎町、栄屋(二五・中)
霜、あたゝかい日だつた、九時から十一時まで深江行乞、それから、ところ/″\行乞しつゝ、ぶら/\歩く、やうやく肥前に入つた、宿についたのは五時前。
福岡佐賀の県界を越えた時は多少の感慨があつた、そこには波が寄せてゐた、山から水が流れ落ちてゐた、自然そのものに変りはないが、人心には思ひめぐらすものがある。
筑前の海岸は松原つゞきだ、今日も松原のうつくしさを味はつた、文字通りの白砂青松だ。
左は山、右は海、その一筋道を旅人は行く、動き易い心を恥ぢる。
松の切株に腰をかけて一服やつてゐると、女のボテフリがきて『お魚はいりませんか』深切か皮肉か、とにかく旅中の一興だ。
在国寺といふ姓、大入《ダイニウ》といふ地名、そして村の共同風呂もおもしろい。
此宿は悪くないけれど、うるさいところがある、新宿だけにフトンが軽くて軟かで暖かだつた(一枚しかくれないが)。
いつぞや途上で話し合つた若い大黒さんと同宿になつた、世の中は広いやうでも狭い、またどこかで出くわすことだらう、彼には愛すべきものが残つてゐる、彼は浪花節屋《フシヤ》なのだ、同宿者の需めに応じて一席どなつた、芸題はジゴマのお清!
一年ぶりに頭を剃つてさつぱりした、坊主にはやつぱり坊主頭がよい、床屋のおかみさんが、ほんたうに久しぶりに頭を剃りました、あなたの頭は剃りよいといつてくれた。
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・波音の県界を跨ぐ
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落つればおなじ谷川の水、水の流れるまゝに流れたまへ、かしこ。
一月十九日[#「一月十九日」に二重傍線] 曇、行程二里、唐津市、梅屋(三〇・中)
午前中は浜崎町行乞、午後は虹の松原を散歩した、領巾振山は見たゞけで沢山らしかつた、情熱の彼女
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