月三十一日」に二重傍線]
やつぱり独りがよい。
[#ここから2字下げ]
女の話はなしつゞけて袋貼りつゞける
(隣室の若者に)
袋貼り貼り若さを逃がす
・ラジオ声高う寒夜へ話しかけてゐる
[#ここで字下げ終わり]
二月一日[#「二月一日」に二重傍線] 降つたり霽れたり、夜はおぼろ月がうつくしかつた。
三八九第一集を発送して、重荷を下ろしたやうに、ほつとしたことである、心も軽く身も軽くだ。
今日もまた苦味生さんの真情に触れた。
[#ここから2字下げ]
・笛を吹いても踊らない子供らだ
・あるだけの米を炊いて置く
競《セ》るほどに売るほどに暮れた
・逢ふまへのたんぽゝ咲いてゐる
一杯やりたい夕焼空
[#ここで字下げ終わり]
俳句は一生の道草とはおもしろい言葉かな。
二月二日[#「二月二日」に二重傍線] また雨、何といふ嫌らしい雨だらう。
私も人並に風邪気味になつてゐる。
[#ここから3字下げ]
更けてやつと出来た御飯が半熟
[#ここで字下げ終わり]
ゲルトが手にいつたので、何よりもまづ米を、炭を、そして醤油を買つた(空気がタダなのはほんたうに有難いことだ)。
二月三日[#「二月三日」に二重傍線] 曇、よく眠られた朝の快さ。
生きるも死ぬるも仏の心、ゆくもかへるも仏の心。
不思議な暖かさである、『寒の春』といふ造語が必要だ、気味の悪い暖かさでもある。
[#ここから2字下げ]
・こゝに住みなれてヒビアカギレ
・つゝましう存らへてあたゝかい飯
・豆腐屋の笛で夕餉にする
日の落ちる方へ尿してゐる
[#ここで字下げ終わり]
馬酔木居を訪ねてビールの御馳走になる、私は至るところで、そしてあらゆる人から恵まれてゐる、それがうれしくもあればさびしくもある。
子供はお宝、オタカラ/\というてあやしてゐる。
二月四日[#「二月四日」に二重傍線] 雨、節分、寒明け。
ひとりで、しづかで、きらくで。
[#ここから2字下げ]
・ひとりはなれてぬかるみをふむ
[#ここで字下げ終わり]
二月五日[#「二月五日」に二重傍線] まだ降つてゐる、春雨のやうな、また五月雨のやうな。
毎日、うれしい手紙がくる。
雨風の一人、泥濘の一人、幸福の一人、寂静の一人だつた。
[#ここから2字下げ]
・雨のおみくじも凶か
凩、書きつゞけてゐる
・ひとりの火おこす
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
味取在住時代 三句
久しぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる
けふも托鉢、こゝもかしこも花ざかり
ねむり深い村を見おろし尿する
追加一句
松はみな枝たれて南無観世音(味取観音堂の耕畝として)
行乞途上
旅法衣ふきまくる風にまかす
[#ここで字下げ終わり]
底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全9ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング