へ投げこんだ無心状
・ぬかるみをきてぬかるみをかへる
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不幸はたしかに人を反省せしめる、それが不幸の幸福だ、幸福な人はとかく躓づく、不幸はその人を立つて歩かせる!

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……へんてこな一夜だつた、……酔うて彼女を訪ねた、……そして、とう/\花園、ぢやない、野菜畑の墻を踰えてしまつた、今まで踰えないですんだのに、しかし早晩、踰える墻、踰えずにはすまされない墻だつたが、……もう仕方がない、踰えた責任を持つより外はない……それにしても女はやつぱり弱かつた。……

 一月十七日[#「一月十七日」に二重傍線] 晴、あたゝかだつたが、私の身心は何となく寒かつた。

帰途、薬湯に入つてコダハリを洗ひ流す、そして一杯ひつかけて、ぐつすり寝た、もとより夢は悪夢にきまつてゐる、いはゞ現実の悪夢だ。
今日は一句も出来なかつた、心持が逼迫してゐては句の出来ないのが本当だ、退一歩して、回光返照の境地に入らなければ、私の句は生れない。

 一月十八日[#「一月十八日」に二重傍線] 晴、きのふもけふもよいお天気だつた、そして私も閉ぢ籠つて読んだり書いたりした。

夕方から散歩、ぶら/\歩きまはる、目的意識なしに――それが遊びだ[#「遊びだ」に傍点]――そこに浄土がある、私の三八九がある!
また逢うてまた別れる、逢ふたり別れたり、――それが世間相! そして常住だよ。
こゝの家庭はずゐぶんやゝこしい、寄合世帯ぢやないかと思ふ、爺さんはガリ/\、婆さんはブク/\、息子は変人、娘は足りない、等、等、等、うるさいね。
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・凩に明るく灯して母子です
 凩のラヂオをり/\きこえる
 闇夜いそいで戻る馬を叱りつゝ
 凩、餅がふくれあがる
・のび/\と尿してゐて咎められた
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 一月十九日[#「一月十九日」に二重傍線] けふもよい晴れ、朝湯朝酒、思無邪。

朝湯の人々、すなはち、有閑階級の有閑老人もおもしろい、寒い温かい、あゝあゝあゝの欠伸。
濁酒を飲む、観音像(?)を買ふ、ホウレン草を買ふ。
元寛さんを訪ねて、また厚意に触れた、馬酔木さんに逢うて人間のよさに触れた。
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・日向ぼつこする猫も親子
 小春日、仏像を買うて戻つた
 日向ぬくうしてませた児だ
・餅二つ、けふのいのち
 ホウレン草の一把一銭ありがたや
 うらゝかにいたづらに唄うて乞うてゐる
                   (ルンペンに)
 生きたくてドツコイシヨ唄うてあるく
 巷に立つて運命を説いてる髯
   有田洋行会の象をうたふ
 象も痩せて鼻のばす身体《カラダ》うごかす
 なんぼ食べても食べ足りない象はうごく
 さぞ寒からう象にもフトンがない
 しきりに鼻をふる象に何かやれ
 鼻をさしのべる象には食べるもの
 愛嬌ふりまく象はメクラだつたのか
 君ヶ代吹いてオツトセイは何ともない
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 一月廿日[#「一月廿日」に二重傍線] うらゝか、今日の昨日を考へる、微苦笑する外はない。

すまなかつた、寥平さんにも、彼女にも、私自身にも、――しかし、脱線したのぢやない、それだけまた心苦しい。
苦味生さんから来信、あたゝかい、あたゝかすぎる、さつそく返信、そして寝る、悪夢はくるなよ。
自分が見え坊[#「見え坊」に傍点]だつたことに気付いて、また微苦笑する外なかつた、といふのは、私は先頃より頭部から顔面へかけて痒いものが出来て困つてゐる、それへテイリユウ膏を塗布するのだが、見えない部分よりも見える部分――自分からも他人からも――へ兎角たび/\塗布する。……
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 風の音にも何やかや
    □
・大空晴れわたり死骸の沈黙
 木枯やぼう/\としてゐる
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 一月廿一日[#「一月廿一日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり、大寒入だといふのに温かいことだ。

今日は昼も夜も階下の夫婦が喧嘩しつゞけてゐる、こゝも人里、塵多し、全く塵が多過ぎます、勿論、私自身も塵だらけだよ。
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よろめくや寒[#(ン)]空ふけて
電燈のひかりにうかぶや葉ぼたん
ひとり住むことにもなれてあたゝかく
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 一月廿二日[#「一月廿二日」に二重傍線] 雨、憂欝な平静。

稀也さんから突然、岡山へ転任するといふ通知があつたので、逓信局に元、馬の二君を訪ねて、送別句会の打合をする。
途上で少しばかり飲んだ、最初は酒、そして焼酎、最後にまた酒! 何といつても酒がうまい、酔心地がよい、焼酎はうまくない、うまくない焼酎を飲むのは経済的だからだ、酔ひたいからだ、同じ貨幣で、酒はうまいけれど焼酎は酔へ
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