き、最後にSのところで夜明け近くまで話した(今夜は商店はたいがい徹夜営業である)、酔うて饒舌つて、年忘れしたが、自分自身をも忘れてしまつた。……
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葉ぼたん抜かれる今年も暮れる
今年も今夜かぎりの雨となり
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それでは昭和五年よ、一九三〇年よ、たいへんお世話になつた、各地の知友福寿長久、十方の施主災障消除、諸縁吉祥ならんことを祈ります。


 一月一日[#「一月一日」に二重傍線] 雨、可なり寒い。

いつもより早く起きて、お雑煮、数の子で一本、めでたい気分になつて、Sのところへ行き、年始状を受取る、一年一度の年始状といふものは無用ぢやない、断然有用だと思ふ。
年始郵便といふものをあまり好かない私は、元日に年始状を書く、今日も五十枚ばかり書いた、単に賀正と書いたのでは気がすまないので、いろ/\の事を書く、ずゐぶん労[#「労」に「マヽ」の注記]れた。
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 元旦の捨犬が鳴きやめない
 売れ残つた葉ぼたん畑のお降り
・水仙いちりんのお正月です
・ひとり煮てひとり食べるお雑煮
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 一月二日[#「一月二日」に二重傍線] 曇后晴、風、人、――お正月らしい場景となつた。

吉例によつて、お屠蘇とお雑煮だけは缺かさない、独り者にも春は来にけり、さても結構なお正月で御座います、午後になつて出かける、まづ千体仏へ、老師はお年始まはりで不在、つぎに茂森さん宅へ、こゝも廻礼でお留守、――歩くのが嫌になつて、人間がうるさくなつて、そのまゝ帰つて来た、夕方、思ひがけなく元坊来訪、今夜また馬酔木居で会合することを約束する、何も御馳走するものがないから密[#「密」に「マヽ」の注記]柑をあげる、私はお雑煮やりそこなひの雑炊を食べて、ぶら/\新市街の雑踏を歩いて、馬酔木さんを訪ねる、いろ/\お正月の御馳走になる、十分きこしめしたことはいふまでもない、だいぶおそくなつてSの店に寄つた、年賀状がきてはゐないかと思つて、――が、それがいけなかつた、彼女の御機嫌がよくないところへ、私が酔つたまぎれに言はなくてもいゝ事を言つた、とう/\喧嘩してしまつた、お互に感情を害して別れる、あゝ何といふ腐れ縁だらう!
暁、火事があつた、裏の窓からよく見えた、私は善い意味での、我不関焉で、火事といふものを鑑賞した(罹災者に対してはほんた
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