、ほんたうにしづかな時間が流れてゆきます、自分自身の寝床――たとへそれはどんなにみすぼらしいものであつても――を持つてゐることが、こんなにも身心をおちつかせるかと、自分ながら驚いてをります、ちようど、一茶が長年待ち望んでゐた家庭を持つた時のよろこびもこんなだつたらうと、ひとりで微苦笑を禁じえませんでした。……』
ぶら/\歩いてゐるうちに、酒が飲みたくなつて、飲むだけの十銭は持つてゐたので、一杯ひつかけた、漬物、皿、炭、等々を買つたら、もう財布には一銭銅貨四枚しか残つてゐない。
ルンペンは一夜の契約だが、今の私は来年の十五日までは、こゝにゐることが出来る、米と炭と数の子と水仙と白足袋とを買つたら、それこそおめでたいお正月だ!(餅はすでに貰つた。酒も貰へるかも知れない、乞食根性をだすなよ)
[#ここから3字下げ]
月の葉ぼたんへ尿してゐる
誰もが忙しがつてる寒月があつた
[#ここで字下げ終わり]
三八九の原稿を書くのに、日記八冊焼き捨てゝしまつたので困つた、しかし困つても、焼き捨てたのはよかつたらう、――過去は一切焼き捨てなければ駄目だから、――放下了也。
十二月卅日[#「十二月卅日」に二重傍線] 風は冷たいけれど上々吉のお天気、さすがに師走らしい。
私は刻々私らしくなりつゝある、私の生活も日々私の生活らしくなりつゝある、何にしてもうれしい事だ、私もこんどこそはルンペンの足を洗ふことが出来るのだ。
草鞋のかろさと下駄のおもさとを考へる、殊に足駄をひきずつて泥濘を歩くと、すぐ足が痛くなり腫れあがつて歩けなくなる、長袖を着て下駄を穿いて活動が出来るものか。
師走の人ごみにまじつて、ぶら/\歩く、買う銭もなければ、あまり買ひたいものもない、あんまりのんき[#「のんき」に傍点]な師走の私かな。
私には師走もなければ、したがつて正月もない、気取つていへば、毎日が師走でもあり正月でもある。
[#ここから2字下げ]
あんな夢を見たけさのほがらか
けさも一りん開いた梅のしづけさ
鐘が鳴る師走の鐘が鳴りわたる
・街は師走の広告燈の明滅
・仲よい夫婦で大きな荷物
飾窓の御馳走のうつくしいことよ
うつくしう飾られた児を見せにくる
寒い風の広告人形がよろめく
朝日まぶしい餅をいたゞく
[#ここで字下げ終わり]
午前は元寛さん来訪、夜は馬酔木居往訪、三人で餅を焼いて食べながら
前へ
次へ
全18ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング