――何のための出家ぞ、何のための行脚ぞ、法衣に対して恥づかしくないか、袈裟に対して恐れ多くはないか、江湖万人の布施に対して何を酬ゐるか――自己革命のなさざるべからざるを考へざるを得なかつた(この事実については、もつと、もつと、書き残しておかなければならない)。
村の共同浴場、一銭風呂といふのを宿のおばさんに教へられて、行つてみたが駄目だつた、まだ沸いてゐなかつた、それにしても丘をのぼり、墓場を抜け、農家の間を抜けて、風呂場へ行くとは面白いではないか。
今日も此宿で、修行遍路ではやつてゆけない実例と同宿した、こんなに不景気で、そしてこんなに米価安では誰だつて困る、私があまり困らないですむのは、袈裟の功徳と、そして若し附け加へることを許されるならば、行乞の技巧とのためである。
入浴、そして一杯ひつかける、――これで今日の命の終り!
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・ひとりきりの湯で思ふこともない
 旅のからだでぽり/\掻く
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 十月廿八日[#「十月廿八日」に二重傍線] 曇、雨、行程三里、富高町、成美屋(特二五・上)

おぼつかない空模様である、そしてだいぶ冷える、もう単衣ではやりきれなくなつた、君がなさけの袷を着ましよ!
行乞には早すぎるので(四国ではなんぼ早くてもかまはない、早くなければいたゞけない、同行が多いから)、紅足馬さんから貰つてきた名家俳句集を読む、惟然坊句集も面白くないことはないけれど、隠者型にはまつてゐるのが鼻につく、やつぱり良寛和尚の方がより親しめる。
八時から十一時まで美々津町行乞、とう/\降りだした、濡れて峠を越える、三度も四度も雨やどりして、此宿についたのが四時、お客さんでいつぱいなので裏の隠宅――といへば名はいゝがその実はバラツク小屋――に泊めてもらう、相客は老遍路さん一人、かへつて遠慮がなくてよろしい。
今日の行乞相は、現在の私としては、まあ満点に近い方だつた、我といふものがなかつたとはいへないが、ないに近い方だつた、そして泊つて食べる(その上に酒一本代)だけは頂戴することが出来た。
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・墓がならんでそこまで波がおしよせて
 いざり火ちら/\して旅はやるせない
 やるせない夢のうちから鐘が鳴りだした
 朽ちてまいにち綻びる旅の法衣だ
 眼がさめたら小さくなつて寝ころんでゐた
 覗いてる豚の顔にも秋風

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