祈らずにはゐられなかつた、――不幸な君たち、早く好きな男といつしよになつて生の楽しみを味はひたまへ!
今夜はさびしい、広い二階に飴売の若い鮮人と二人きりである、彼は特におとなしい性質で好感が持てる、田舎まはりの仲買人から、百姓衆の窮状を聞かされた、此旧盆を迎へかねた家が多いさうな、此辺の山家では椎茸は安いし繭は安いし、どうにもやりきれないさうな、桑畑をつぶしてしまひたいけれど、役場からの慰撫によつて、やつと見合せてゐるさうな、また日傭稼人は朝から晩まで汗水垂らして、男で八十銭、女で五十銭、炭を焼いて一日せい/″\二十五銭、鮎(球磨川名産)を一生懸命釣つて日収七八十銭、――なるほど、それでは死なゝいだけだ、生きてゐる楽しみはない、――私自身の生活が勿躰ないと思ふ。
向ひのラヂオが賑かだ、どこからかジヤズのリコードが響いてくる、ジヤズ/\ダンス/\、田舎の人々でさへもう神経衰弱になつてゐる。
都会のゴシツプに囚はれてはゐなかつたか、私はやつぱり東洋的諦観の世界に生きる外ないのではないか、私は人生の観照者だ(傍観者であらざれ)、個から全へ掘り抜けるべきではあるまいか(たまたま時雨亭さんの来信に接して考へさせられた)。
鰯の新らしいのを宿のおかみさんに酢漬にして貰つて一本いたゞく、鰯が五銭、酢醤油が二銭、焼酎が十三銭。
一昨夜も昨夜も寝つかれなかつた、今夜は寝つかれるい[#「るい」に「マヽ」の注記]ゝが、これでは駄目だ、せつかくアルコールに勝てゝも、カルモチンに敗けては五十歩百歩だ。
二三句出来た、多少今までのそれらとは異色があるやうにも思ふ、自惚かも知れないが。――
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・かな/\ないてひとりである
一すぢの水をひき一つ家の秋
・焼き捨てゝ日記の灰のこれだけか
[#ここで字下げ終わり]
今日は行乞中悲しかつた、或る家で老婆がよち/\出て来て報謝して下さつたが、その姿を見て思はず老祖母を思ひ出し泣きたくなつた、不幸だつた――といふよりも不幸そのものだつた彼女の高恩に対して、私は何を報ひたか、何も報ひなかつた、たゞ彼女を苦しめ悩ましたゞけではなかつたか、九十一才の長命は、不幸が長びいたに過ぎなかつたのだ(彼女の老耄と枝柿との話は哀しい)。
九月十七日[#「九月十七日」に二重傍線] 曇、少雨、京町宮崎県、福田屋(三〇・上)
今にも降り出しさうな空模様
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