に)
・宿までかまきりついてきたか
・法衣吹きまくるはまさに秋風(改作)
 ずんぶりぬれて馬も人も働らく
[#ここで字下げ終わり]
山はいゝなあといふ話の一つ二つ――三国峠では祖母山をまともに一服やつたが、下津留では久住山と差向ひでお辨当を開いた、とても贅沢なランチだ、例の如く飯ばかりの飯で水を飲んだゞけではあつたが。
今日の感想も二三、――草鞋は割箸と同じやうに、穿き捨てゝゆくところが、東洋的よりも日本的でうれしい、旅人らしい感情は草鞋によつて快くそゝられる。
法眼の所謂『歩々到着』だ、前歩を忘れ後歩を思はない一歩々々だ、一歩々々には古今なく東西なく、一歩即一切だ、こゝまで来て徒歩禅の意義が解る。
山に入つては死なゝい[#「死なゝい」に傍点]人生、街へ出ては死ねない[#「死ねない」に傍点]人生、いづれにしても死にそこないの人生。
雑木山の美しさは自然そのもの、そのまゝの美しさだ、殖林の美しさは人工的幾何学的の美しさだ、前者を日本的とすれば後者は西洋的ともいはうか。
酒はたしかに私を世間的には蹉跌せしめたが、人間的には疑ひもなく生かしてくれた、私は今やうやく酒の繋縛から解脱しつゝある、私の最後の本格が出現しつゝあるのである、呪ふべき酒ではあつたが、同時に祝すべき酒でもあつたのだ、生死の外に涅槃なく、煩悩の外に菩提はない。
おしまひにユーモラスな※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話を二つ(それは行乞漫談の資料としておもしろい)、――或る小さい料理屋の前に立つ、そこの階段の横で、鏡台を前に、あまりシヤンでもない酌婦がしきりに髪を撫でたり顔を撫でたりしてゐる、時々横目で私の方を見るが、御免とも何ともいはないので、私も観音経を読誦し続けた、しかしずゐぶん長く立つてゐるのに、依然として同じ状態だ、とう/\私は根気負けして立ち去つた、ユーゴーか誰かの言葉に、女は弱く母は強しとあつたが、鏡の前の女は何といふ強さだらう、とても敵はない、或はまた思ふ、彼女の布施は横眼でちよい/\見たこと、いひかへれば色眼ではなかつたらうか知ら! もう一つは、或る店の前に立つ、老婆がすぐ立ちあがつて抽出しの中を探し初めた、お断りをいはないから読経しつゝ待つてゐる、しきりに探しまはすが見つからないらしい様子、気の毒さうに私を見ては探しつゞけてゐる、暫らくしてやつと見
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