―私が私自身を超越し得たならば、私は最早何にも書かないであろう。何も書かないで、安んじて生きてゆくことが出来るであろう。何となれば沈黙の福音は全き人[#「全き人」に丸傍点]にのみ許されるからである。
 Everyman sings his own song and follows lonely path――お前はお前の歌をうとうてお前の道を歩め、私は私の歌をうとうて私の道を歩むばかりだ。驢馬は驢馬の足を曳きずって、驢馬の鳴声を鳴くより外はない。
 お前と私とは長いこと手を握り合って、同じ歌をうたいながら同じ道を進んで来た。しかも今や、二人は別々の歌をうとうて別々の道を歩まなければならなくなった。
 私達は別れなければならなくなったことを悲しむ前に、理解なくして結んでいるよりも、理解して離れることの幸福を考えなければならない。



 男には涙なき悲哀がある、女には悲哀なき涙がある。
       ○
 自殺は一の悲しき遊戯である。
       ○
 溢れて成った物は尊い、絞って作った物は愛せざるをえない、偽って拵えた物は捨ててしまえ。
       ○
 人生は奇蹟《ミラクル》ではない、軌跡《ローカス》である。
       ○
 真実は慈悲深くあり同時に残忍である。神に真実があるように悪魔にも亦真実がある。
       ○
 苦痛は人生を具象化する。
       ○
 高下駄を穿いているときは、その高下駄の高さほど背丈が高いということは解りきった事である。しかもこの解りきった事を忘れていたために、多くの悲喜劇が屡々演ぜられた。
       ○
 酔わないうちに胃が酒で一杯になった、ということは悲しい事実である。
[#地付き](「層雲」大正三年九月号)



底本:「山頭火随筆集」講談社文芸文庫、講談社
   2002(平成14)年7月10日第1刷発行
   2007(平成19)年2月5日第9刷発行
初出:「層雲 大正三年九月号」
   1914(大正3)年9月
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年5月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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