ちの喜ぶ千代紙やブローチや手提などを、まばゆくきらびやかに照らし出す夜店のアセチレン灯の光が、わずか半年ほど見なかつただけの初世の姿を、人ちがいかと思わせるほど美しく大人ツぽく見せた。
夜店の人混みの前で、行きちがつたこの男女の二組は、間もなくまた出会つた。行きちがつて、今度はもう会わないだろうと思つていると、またもや出会つた。お神楽の前の人混みで手品や漫才の櫓の下の人群のなかで、また夜店の前で、この二組は不思議に何度も行き会つた。その度に、娘たちが殊更に狼狽の様子を見せたり、誘いかけるように振り返つたりすることで、佐太郎はその娘たちのなかでいちばん姉さん株で引卒者という立場の初世が、わざと出会うように仕組んでいるのではないかと疑いはじめた。実際はその逆で、多少不良性のある秀治が、その一流の小狡さで誰にも気ずかれないようにたくみにみんなを引ツぱり廻しているのだつたが、佐太郎はそのときには気がつかずにいた。
夜店の前で四度目に出会つたとき、秀治たちは露骨に娘たちをからかいはじめた。娘たちはキヤツ/\と嬌声を上げながら、暗闇の方に逃げ出したが、その癖遠くへは行かず、いよ/\秀治たちを強くそつちに引きつけた。秀治と友一の二人は、間もなく娘たちを大銀杏のかげの暗がりの方に追いかけて行つた。お神楽の笛が、人混みのざわめきの向うで鳴つていた。夜店のアセチレン燈の光が、かすかにとどく銀杏の根もとに、初世は一人仲間からはぐれて、空ろな顔で突ツ立つていた。
「おい、帰ろう――あいつらはもう、どこに行つたかわからないから」
娘たちともつれ合つているだろう仲間に、しびれるようなねたましさを感じていた佐太郎は、思いがけない初世の姿を見出すと同時に、曾てそういうことで揮い起したことのない勇気をふるつて一気にそれだけ言い切つた。声がふるえていた。
何故ツて、それは随分思い切つた申出であつた。三日月の光があるとは言つても、殆ど闇夜に近い暗い遠い夜路を、二人だけで帰ろうというのだつたからである。ほかに連れがあるこのときに、二人だけはぐれて帰るということは、内密な何事かを意味するものでなければならなかつた。
初世はしかし、うなずきはしなかつた。星のように光る眼で、ただまじ/\と相手を見た。佐太郎はこんなに強く光る初世の眼を初めて見た気がした。遠くからのアセチレン燈の微光が、初世のオリーブ色の金紗の着物を朝草のように青々と浮き立たせていた。
と言つて、初世は拒みもしなかつた。そのことが、佐太郎を勇気ずけた。
「さあ、行こう」
佐太郎はそうやや上ずつた声で勢いこんで言うと同時に、初世の左の手首をつかんで引ツぱつた。すると、初世は別にさからう風もなく、崩れるように歩きはじめた。佐太郎は手をつかんだまま歩き出した。
思つたよりもボタリと重い女の手だつた。しかし、その重みはシツトリとして何か貴重な値打を感じさせる気持のいい重みであつた。
自分の[#「 自分の」は底本では「自分の」]行動に対して、女が何の抵抗をも示さないと思うと、佐太郎は急におさえがたい興奮を感じた。
「一寸そこで休んで行こう、話したいことがあるんだよ」
神明社の少し先の、左側に林檎畑のあるところに来かかつたとき、佐太郎はグイとその畑の方に女の手をひいた。
「いやだ」
初めて初世は立ちどまつて、上半身を反らせた。しかし、それは抵抗というほどのしぐさではなかつた。
「いいよ、何でもないよ、一寸話したいんだ」
そのまま手を引くと、それ以上さからおうとせず尾いて来た。
もう佐太郎は夢中であつた。興奮でボーツと眼先がかすんで、林檎の梢に鋭鎌《とぎかま》のような三日月がかかつているのさえ、ろくに眼に入らなかつた。
枝もたわわな林檎はたいてい袋をかぶつていたが、そうでないのは夜露にぬれてつや/\と光つていた。
どこか近くで夜鳥がギヤツと一声鳴いた。
「学校でいちばん好きな生徒であつたよ」
そう言いながら、佐太郎は女の手をひいて一本の林檎の木の根がたに棄ててある林檎箱に腰かけさせた。
つづいて自分も腰をおろしたとき、箱がメリ/\とつぶれて、佐太郎はうしろにひつくり返りそうになつた。転ぶのを踏みこたえようとしたとき、やはり同様によろめいていた女に、思わず[#「思わず」は底本では「思はず」]抱きついていた。
直きに佐太郎は女に最後のあるものを求めていた。
だが、あんなにそれまで従順だつた初世が、ハツキリとそれを拒んだ。そうなると、このごろ田圃に下りてなか/\の働き者という評判の初世は、相当に手強くて、佐太郎がよほど乱暴をはたらかないかぎりは、どうにもなりそうでなかつた。
手強くこばまれると、もと/\ここまで女をひつぱつて来た自分の大胆さをむしろ不思議に思つていた佐太郎は、急に気弱くな
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