郎屋かね? こゝは?」
 私は訊いた。
「いや、芸者屋です――」
「ちよつと女郎屋のやうな感じがするぢやないか」
 こんなことを言ひながら、私達は李のあとについて、その手前の張飛郷と書いてある方の家へと入つて行つた。
 やり手らしい五十先の肥つた丈の低い女が出て来て、何か頻りに李と話してゐたが、余り好い客でないといふことがわかると、いくらか落胆したといふやうな様子で、迎へ入れるには入れても、余りちやほやしなかつた。室は八畳ぐらゐの広さで、※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]の上に茶湯台がひとつ置かれてあつた。奥には三畳ぐらゐの寝室があつて、枕の並べ置いてあるのが白い幔幕の間からそれと覗かれた。
「何うも、これが――この寝室が感じが好くないね。何処に行つても皆これだからな」
「本当だね。矢張、先生方は寝る専門なんだなあ!」
 TとHとはこんなことを言つてその室《へや》を覗くやうにした。
「これだけかね?」私はあつけないといふやうな調子で、「此処で酒でも飲んで、あとは寝るばかりかね?」
「さうです……殺風景なもんですよ。先生方の女買ひといふものは?」
 これはHである。
「しかし折角来たんだ。これで帰るのも余り曲がないね。ひとつ歌でもうたはせて見るかな?」こんなことを言つてゐると、其処に十七と十五ぐらゐの背の低い小さな決して奇麗とは言へない女がチヨコチヨコ入つて来た。
「これが張飛郷か張鳳かね? えらいこつたね? それに丸で子供ぢやないか。こんなものが相手になるかね?」
 かう私が言ふと、Hは説明した。
「支那人はかういふ小さいのが好きなんですよ。もう二十五六になると、老娘として相手にされやしません。小さい、弱々しいものを酷《いぢ》めるやうにして可愛がるといふのが、かれ等の性慾ですよ。だから小さければ小さいほど好いんです、……」
「さうですかね?」
 李は、「それでは歌はせますか」と念を押してから、ちよつと戸外へと出て行つたが、今度入つて来た時には、胡弓を持つた師匠――妓が歌ふ時にはいつもそのために奏楽する師匠を伴れてやつて来た。かれはそこにその位置を占めるとそのまゝ、何も言はずにすぐ胡弓を弾き出した。
 柄に似合はず、またその初めの感じの汚なかつたに似合はず、それにつれて歌ひ出した妓の声は、冴えた見事なセンチメンタルなものだつた。何処からかうした声が出るかと思は
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