いて、なかなかしゃれた食べ物である。ざらにある魚でありながら、鍋料理中もっとも乙なものとされ、高級層にも下級層にも賞味されている。しかも、それが骨以外捨てどころのないという魚で、肉を除いてはことごとくうまいところだらけである。この点、珍しく雅俗混合《がぞくこんごう》の趣味を有し、味にも、見た目にも、ユーモアたっぷりで、親しめることおびただしい。
 ところで、問題の白色なるあんこうの肉、食って食えないこともない故に、殊さらに捨てられもせず食用に供されてはいるものの、とびついて食うほどの者はいない。いわんや肉だけを好んで食う者など一人もあるまい。わたしの経験からいえば、魚屋に前もって「肉はいらないよ」と断っているくらいだ。その代わり、他の部分は全部所望する。他の部分とは、吊り切りにした皮、鰭、臓物、とりわけ肝である。というわけで、肉が食いたくてあんこうを買う者はまずないであろう。Kさんが鰐《わに》の肉塊をあんこうと称して贈ったかどうか知らないが、この話はてんで問題にならないのだ。
 あんこうとして家中の者に与えるなど、いよいよ問題にならない。一見して変だとは疑いながらも、庖丁《ほうちょう》したというところが、いささか外人的である。彼女があんこう料理に少しでも知識をもっていれば、いきなりKさんに電話して「馬鹿」の一喝を食わしたはずである。「皮はどうした、肝は、鰭は、臓物は」とたたみかけて問いかけるに違いない。「Kさん、あんたは馬鹿だよ。あんこうの肉なんか、あんこう食いは昔から食わないと決まっていますよ」と叱《しか》りつけるところだろう。
 さてあんこうかな……などと思ってみる余地はないはずだ。済んだことは仕方がない。それよりは身近な日本料理、まずそれを知ってほしい。お気に入ること請け合いだ。手初めにわたしがあんこう料理をして、御賞味願いましょうか。冬がいささか待ち遠しいけれど。



底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「独歩」
   1952(昭和27)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
2010年1月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(
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