くなって、考える頭と食べる口だけになってしまった。この男の考えることは、一つも間違ったことはなかった。ただ一つも行わなかっただけであった。世の中には、こんな頭の大きい男がたくさんいる。わたしは、この気味のわるい男の話をときどき思う。
正しいこと、いいことを考え、間違ったことを少しもいわないひとびとがいる。そして一つも実行しない人間もいる。
料理をおいしくこしらえるコツ[#「コツ」に傍点]は実行だと思う。わたしのいうことが正しいか正しくないかをまず批判していただきたい。そして、ああそのとおりだと思ったら、必ず実行していただきたい。
考えることも大切だ。聞くことも大切だ。実行することはもっと大切なことだとわたしは思う。
おいしく料理をつくりたいと思う心と、おいしい料理をつくるということは、似ているが同じではない。
わたしたちは、したいと思っても、しようと思うのはなかなかだ。しようと思っても仕上げるまでには時を必要とする。だが、したいと思っている心を、しようと決心するには一秒とかからない。まず希望を持っていただきたい。やってみたいという希望を持ったら、やりとげようと決心していただきたい。決心したならば、すみやかに始めていただきたい。むずかしいことはなにもない。やってみない先から、とてもできないと思いあきらめているひとがあまりにも多すぎはしないだろうか。
料理はいつもわれわれ日常生活とともにある。そして、そのコツ[#「コツ」に傍点]も、いつもわれわれのいちばん手近にある。だが、道は遠いかも知れない。しかし、その遠い道は、いつもいちばん手近の第一歩からはじまっているのだ。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「独歩」
1953(昭和28)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
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