ぬが、真心があれば、部屋に花を生けるのも一つのあらわれだ。媚態《びたい》をせよとはいわぬが、好きなひとの前では、おのずから媚態をなし、声もやさしくなるものだ。料理においても、吸いもの一つ作っても、真心さえあれば水くさくともいいというものではない。味をよく、そこにひとさじの調味料を使うということは、よりおいしく食べさせようという真心のあらわれだ」
「先生、よく分りました。もう失礼いたしますわ」
「おい、おい、そうあわてなくともいいだろう。話はこれからだよ。つまり、いかにして経済的に、安くおいしいものをつくるか、材料の選択はどうか、とか。たいせつなことはこれからだよ」
「いえ、伺いたいのですが……もう早く帰らないと、会社から主人が帰ってくる時間でございますもの。帰って、一輪の花も生けたいし、ちょっとお化粧もいたします。
なんだかこころがいそいそ[#「いそいそ」に傍点]としてまいりました。この頃は、主人が帰るときでも、髪もときつけずに平気になってしまいました。こんなことではいけませんわ。主人に浮気されるとたいへんでございます」
「おやおや、あんたは料理のことを聞きにきて、女房の心得を聞いて帰るようなもんだ」
「ありがとうございました。それでは……」
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「独歩」
1953(昭和28)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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