に帰って行った。
玄関であっても玄関でないような玄関もある。さっきの客も、入り口だか、便所だか、靴脱ぎだか、物置だか分らぬような玄関を作ったのかもしれない。そうでなかったら、あんなこねまわした質問をするはずがない。さっきの客も、また、その客を訪ねて行く客も、間違わぬようにと思って、わたしは親切に玄関と書いてあげた。
樹木でも、日陰に植えて育つものを、日向《ひなた》に植えたり、砂地を好む木を赤土に植えたりしては可哀そうである。それと同じように、料理も、焼けばいちばんおいしいものを、煮てみたり、刺身にすればいい持ち味のものを焼いたりしてはいないだろうか。わたしは先ほど客に、食うために作ることだ、と返事をしたが、食うためにということは、馬や牛が食うためではないはずだ。手のこみ入ったものほどいい料理だと思ってはいないか。高価なものほど、上等だと思っていないか。わたしのいいたいことは、たくさんある。わたしの話すことは、それこそほんの料理の玄関にすぎないかもしれない。だが、諸君、先生を訪《おとな》うなら、堂々と玄関より訪れたまえ。そして、無事に玄関を通してもらえたら、すなわち諸君の足で廊下を通って主人に会うて、諸君自身の口でしゃべりたまえ。わたしのこの本は、たとえ玄関より書き得なくとも、玄関をどうぞおあがりくださいと招じあげられたら、諸君は諸君の目で見、耳で聞き、舌で味わいたまえ。そして、諸君の一時的な、アプレゲール的でない頭で考えて、充分に楽しい生活をしてくだされば、わたしの喜びはこれに過ぎるものはない。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「独歩」
1953(昭和28)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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