。およそ病気と称するものはなに一つない。うまいものを食って、寝たいだけ寝る。野鳥の自然生活にすこぶる似ているのが、小生のあけくれである。
 早寝、遅起き、昼寝好き、八時間以上十二時間は寝る。眼が覚めたとなれば常人の幾倍かの仕事をする。毎日自家の湯に第一番に入る。湯から出れば間髪を入れずビールの小|壜《びん》を数本痛飲する。無人境に近い山中の一軒家においてである。目に見るものは、虚飾のない自然のままの山野であり、家の中は最高に近い古美術品である。他は、犬であり、猫である。にわとりもいる、鴨もいる。野鳥はのびのびと遊んでいる。このように、小生の周辺には小生の健康を害するようなものはなに一つない。小生の健康はこんなところから作り出されているのかも知れない。
 もちろん、親なく、子なく、妻もない孤独生活である。これも世間には類がないかも知れない。小生に勝手|気儘《きまま》な自由ができるゆえんのものは、小生を束縛するものが皆無であるからだろう。親兄弟や妻子があっては、なんとしても妥協生活を免がれないだろう。
 ヤセ浪人では家族全部が好むところに従うわけにもゆくまい。自分ばかり好むままの生活、好むままの食事にひたりきることもできまい。
 そこへゆくと、野獣、山禽《さんきん》の生活は、人間よりはいかほど自由を享楽しているか分らない。人間のように病気もないであろう。
 山鳥のように素直でありたい。太陽が上がって目覚め、日が沈んで眠る山鳥のように……。



底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「春夏秋冬 料理天国」
   1959(昭和34)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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