識層の大多数である。そしてこの両者は勝負なしの角力を大分永々と続けている。いつ勝負の日が来ることか、この間、右に縫い左に抜け、とも倒れらしく見られる。そこで一番うまくやっているであろうことが考えられるのは、茶道具の売り買いを念頭におき、四六時中憂き身をやつしている者たちである。道具の売り買いする者はあえて道具屋とは一概にかぎってはいない。買い手と見てとれる者、時には売り手に身をかわしている場合も少なしとしない。どこまでが道具屋で、どこまでが買い手かは朦朧たる有様で、真茶人という人格者は、どこにひそみおるかが未だ明白でない。
従って巧言令色は道具屋の専売とはかぎらない。道具屋輩をして呆然《ぼうぜん》たらしめるようなより以上な巧言令色はお茶人|気質《かたぎ》の旦那筋にこそあって、本当の商売人という凄腕《すごうで》は果たしていずれであろうかが分明しない現実もある。真茶人という人格者はどこにどう居坐って黙っているのだか、はなはだ求め難い。これがわれわれの目に映じるところの茶界の姿である。
いずれにしても、ありあまる俗欲は巧みに袖の中に隠されてはいるが、いかんせんそれらの人々の物見る目はいつか不純と化し、真実の美というものは、それらの人々の俗欲の目には絶対に飛び込んでつき合ってはくれないことになっている。名画墨跡を膝下《しっか》に展《ひら》くも、名器を目前に陳《なら》ぶるも、道具屋一流の囚われた見方以外には一歩も前進してはくれない。俗欲を身につけることほど美の探求、真理の探求を邪魔するものはない。そういう大切な一事を露知るところのない者たちは、道具屋は道具屋の昔からいい習わしというものの紋切り型を口上とし、茶人は茶人でのいい習わしを紋切り型で次代へ次代へとわけもなく伝え遺し、見識とすべき一事を遺していく者は皆無に近い。近時、独創の見解は誰からも一向発表されてはいない。天才の生まれ出でざる証拠であろう。従って美というものに理解なき彼ら、芸術の魂を知らざる彼ら、物の恐ろしさというものをぜんぜん知らないようだ。起居動作、用語の弁、いずれも彼らだけのいとも小さな世界にだけ喜ばれる常套《じょうとう》語をもって、十人が十人紋切り型の交語が飛ぶ。それは声色の声色であり、声帯模写のそのまた声帯模写である。個性のひらめきを持ち合わさない人々、こんな習わしを不思議としない虚脱趣味の世界、これがお茶の道と心得られているのが現代茶人である。かかるが故に、お茶人の身上はこれこれとばかりなんら怪しむところなく、ただもうわけもなく喜悦し、この珍風景に縁なき徒輩たちを指しては妄りに俗物として、無風流の誹謗《ひぼう》を真向から浴びせかけるというわけで、まことに苦笑禁じ得ないものばかりである。茶界というもの紋切り型一通り覚え込むさえ三年や五年はかかるものである。しかもまだその上|幇間《ほうかん》的|駄洒落《だじゃれ》に富まざるべからざる要が加わるのである。この道、青山翁などは純に下手くそなものであった。そこへ行くと御殿山などはすこぶる堂に入り得意としたものである。茶会というもの笑話劇? 茶番狂言? 猿芝居? 漫才? なにがなにやらたわいもないことのようである。
以上のように心にもない悪口をもって現代茶人を事もなげに片づけてしまうことは、実のところ吾人のまったく忍び能わざるところであり、われながら無作法もまたはなはだしいと感じつつあるのである。かように下卑た用語によらなければ表現の方法がないというのかと、私の心は今糾弾している……が、しかしいわゆる歯に衣《きぬ》を着せず、体裁を飾るための嘘をつかず見たままの有様を率直に、明白に表現せんとするに当たっては、私のような不調法者はなんとしても、こんな乱暴な表現に陥ってしまわざるを得ないのである。今さらに一句一章を改竄《かいざん》してみたところでどうしようもないようである。
松永氏こそ身から出た錆とはいえ、図らざる災難である。筆者においても最初からこんなふうに松永氏を利用するなんという了見あってのことではなかったのであるが、物のはずみのなす業というものは仕方のないものである。まったく松永氏でなくも、これが誰であろうとたいがいは同癖を有し、人の所作業に向かっては、ちょっと自己の物識りが鼻にかかるのは常である。この場合当人は僭越などという考えは毛頭ないのである。きいたふうな口を辷《すべ》らしたなどともとより考えているのではない。それどころではなく親切の心のつもりでいっぱいなのである。
この親切者からしては、昔出来た茶碗は今も了見の持ち方一つでまた出来得るものであるかのように簡単に考えられるのである。今と昔は作人の素質が根本に違っているのだ。作人を取り巻いている社会がまったく変わっているのである。作人の生活観念が昔気質とはぜんぜ
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