わたしはだまって、かつおぶしをかき了《おわ》ると、一杯ビールを飲みほして、しゃべり出していた。
「およそ反対だね、君のいうことは……詩人には、金のねうちは分らんと見える」
 わたしは、かきあげたかつおぶしを詩人に見せた。かつおぶしは、うすい、うすい雁皮のように、湯上がりの乙女の肌のように……。
「やあ、きれいだな。芸術品ですね、先生」
「そうだ、料理は芸術だよ」
 わたしは語をついだ。
「かつおぶしを買う時はどうだ、いやこっちの方が大きくて安いだとか、同じねだんなら、こっちがいいとか、それこそ、大騒動をして買うくせに、それを、さて、使う段になるとどうだ。まるで、金を捨てているようなものだ。かつおぶしは、けずればへってなくなる。だが、カンナは一度買えば一生は使えるものだ。うすく、うすく、このようにかいてごらん。だしを出すにも、ほんのちょっぴり、つまんで入れれば、おいしいだしが出る。ものにふりかけても、おいしいし、美しい。カンナは買う時は少々高くとも一生使えるし、便利だ。こんなカンナで、かつおぶしをけずって使ってごらん。変なかつおかきでかいて使う何倍も、おいしくて、美しくて経済的だ。せっかくの高いかつおぶしを買う時は、大騒動して、さてそれを、ほんとうに粗末に、もったいないような使い方をしているひとがある。ぜいたくに、しかもかつおぶしの本当の味を出さずに、使ううちに、いいカンナでかいて使えば、五本使うところが一本ですむ。その方がどれだけ経済的だか分らん」
 詩人は感心してきいていた。
「でも、先生、カンナを、上手に使うのはむずかしいでしょうね」
「変な、安もののかつおかきで、汗をかいて、かつおぶしをごしごしけずって、木屑《きくず》や、砂のようなけずり方をするより、上等のカンナでかく方が、どれだけ楽だかしれやしないよ」
「そうですかね。先生、オンナも、カンナと、同じですね」
「どうして」
「いい女房をもらっておけば、一生味がよくて経済的ですね」
「ハハ……なるほど落語の落ちだな。オンナとカンナと似ているね」
 わたしはビールを飲んだ。詩人はウイスキーをなめつつ、
「オンナとカンナ」と、うたうようにいった。
 さぞこの詩人は、こんど、オンナとカンナという詩をつくるつもりだろう。



底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2008(平成20)年4月18
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