くと金子の事を考へた。丁度二年前の秋、自分は奇人ばかりで出来て居る或宴会へ招待された際、彼金子鋭吉と始めて知合になつたのであつた。彼は今年二十七歳だから其時は二十五歳の青年詩人であつたが、其風貌は著るしく老けて見え、その異様に赤つぽい面上には数条の深い頽廃した皺が走つて居、眼は大きく青く光り、鼻は高く太かつた。殊に自分が彼と知己になるに至つた理由は其唇にあつた。宴会は病的な人物ばかりを以て催された物であつたから、何れの来会者を見ても、異様な感じを人に与へる代物ばかりで、知らない人が見たら悪魔の集会の如く見えたのであるが、其中でも殊に此青年詩人の唇が自分には眼に着いた。
彼は丁度真向に居たから、自分は彼を思ふ存分に観察し得た。実に其唇は偉大である。まるで緑青に食はれた銅の棒が二つ打つつかつた様である。そして絶えずびく/\動いて居る。食事をする時は更に壮観である。熱い血の赤色がかつた其銅棒に閃めくと、それは電光の如く上下に開いて食物を呑み込むのである。実にかゝる厚い豊麗な唇を持つた人を見た事のない自分は、思はず暫らく我を忘れて其人の食事の有様に見惚れた。突然恐ろしい彼の眼はぎろつと此方を
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