れているが、これが一区画をなして、平戸から来ている石橋氏の、開墾農民団なのだという。
石橋氏がマンガン鉱山失敗の結果、現在では平戸殖産興業会社の経営に移っている。農民の世話役をしている、都留《つる》五八氏の案内で一巡する。
最初は二十四軒あったが、故郷恋しで平戸へ帰ったものもあり、殊《こと》に石橋氏の鉱山失敗が農民たちの間にも動揺を与えて、博打《ばくち》に身を持ち崩したもの、他郷へ出奔したもの、せっかく石橋氏の親切も仇《あだ》に、今では落ち着いてるものわずかに、十四軒のみだという。
「最初石橋の旦那《だんな》のおつもりでは、御自分の故郷の平戸の百姓の、貧しさを気の毒にお思いになったのでやしょうが、それともう一つは、東水の尾に大きなホテルができると、そこへ来た外人客の食事の材料も、雲仙《うんぜん》方面へ出す野菜類も、みんなここで作らせるつもりでおいでになったでやす。
ですから最初は、米のほかにライ麦の麺麭《パン》を拵《こしら》えるための裸麦とか、メリケン粉用の小麦……大麦……野菜もキャベツ、セロリーなぞを作ったでがすが、それが戦争でホテルが駄目になってからは、大急ぎで水田に切り換えて、野菜もここいらの百姓と同じようなものを、何でもやり出したでがす。それやこれやで、大分初めの予定と狂いができて、どうせ儲《もう》かんねえ普通の百姓をするなら慣れぬところで苦労するより、いくら貧乏でも生まれ故郷さ帰《けえ》った方がいいと、平戸へ帰るものも出やしたし、一人欠け二人欠け、今じゃさっき申上げたように十四軒だけ……。石橋の旦那もお亡くなりなすったし、みんなで心を合わせて、旦那のお気持に酬《むく》いにゃなんねえと、必死にやってるでがす」
ということであった。
「一体石橋さんという人は、どういう方ですか?」
と聞いてみたら、
「そうでやすな、一口にいったら……途方もなく肚《はら》の大《で》かい……日本人にゃ珍しい肚の大きな方でござんすな。それに親切な……小さい時から外国で苦労して、大金持になった方だけあって、考えなさることが日本人にゃ思いも付かねえような、大けえお方でやすな。
これはと思ったら、思い切った金をかけて、物惜しみなさらねえ……御自分も苦労なすった方でやすから、憐《あわ》れみが深くて、実にようでけたお方でやす。あの方のことを悪くいうもんなんぞ、一人もねえでがす」
「じゃ、貴方《あなた》がたが御覧になった石橋さんという方の、欠点とでもいったようなものは……一口にいったら、どんなところでしょうか?」
「わし共、有難てえ方だと思ってやすで、別段欠点といったことも、気が付いたこたアねえでやすが……そうでやすな……」
とあまり触れたがらぬ様子であった。
「……そうでやすな……欠点といえるかどうか、知らねえでやすが……あんまり長く外国にいらしたで……日本の事情に、通じてなさらねえてところで、やしょうかな? 日本は、旦那のいたとこと違《ちご》うて、コセコセした小さな国でがすで……」
これで朧《おぼろ》げながら、石橋氏という人の輪郭が、飲み込めたような気がする。まだいろいろ話は出たが、これ以上くどくどと並べたてたところで仕様がない。
水番の六蔵……山の農園の農夫が二人……馬丁《べっとう》の福次郎、いずれも石橋家が焼けた後は、山を降って一時ここで働いていた。が、石橋家没落後、水の尾村有となった柳沼の水番に雇われて、六蔵だけは、再び山へ戻ってここにいないという。農夫の一人はここで働いているが、一人は平戸へ引き揚げ、福次郎はやっぱり馬丁をすると、やがて伝手《つて》を求めて福岡へ出て行った。今も福岡にいると聞いている、ということであった。
手紙類が留置《とめおき》になっていたという、村の郵便局へ、牧田助役とともに車を走らせる。村の中央、消防の火の見|櫓《やぐら》の傍《そば》にある、ほんの二、三人ぐらいで働く小さな郵便局である。
五十|恰好《かっこう》の、白髪《しらが》の多い父親と、二十三、四のよく似た顔の娘が、働いていた。そうですね、私も知らぬことはありませんが、娘の方が詳しいですから、ちょっとお待ち下さい、今呼びますからと、座敷へ娘を呼んでくれた。
引っ詰め髪に黒い上《うわ》っ張《ぱ》りを着けた、素朴な娘である。指の先を炭酸紙《カーボン》で青く染めている。ハキハキと答えてくれる。
「……ハイ、お二人ともようく存じております、評判のお嬢さんですから。……お綺麗《きれい》です。お綺麗ともお綺麗とも、お二人とも、眼の醒《さ》めるような方です。ジーナさんという姉さんの方は、いつも優しくにこにこと……妹さんのスパセニアさんという方は、キリッと口を結んで悧巧《りこう》そうな……負けず劣らずお美しくて……ハイ、どっちがどっちともいえませんでした。でも
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