っと俺の体温計《サアモミイタ》を貸してみてくれ」
 と私が取ってやった自分の体温計を口の中へ突っ込んでみたりした。
「外国の方だから、自分でやってみんと気が済まんと見えるね」
 と医者は詰まらぬことを感心して、クックッと鶏みたいな笑い声を挙げたが、
「やはり、熱はないな。クックッ」
 と面白そうに覗《のぞ》き込んだ。
 やがて医者が引き揚げて行くと、今まで唸《うな》っていたこの危篤な病人めがケロリとして起き上がってきた。
「君さえ悪勧《わるずす》めしなければ、こんな莫迦《ばか》な目には遭わなかったんだ! 呼ばなくてもいいヘッポコ医者なんぞ呼んで! 見てくれ、ワイシャツなんぞ滅茶滅茶だ! 俺は払わんから医者の金は君が払っといてくれ!」
 とプリプリしながら、
「病人に水を持って来てくれ」
 とコップを突き出した。
「飲みたかったら自分で行って掬《く》んで来い」
 と私も呶鳴《どな》り付けたが、この人の善い大男が私のからかったことなぞは微塵《みじん》も悟らずに、クションクションと続けざまに嚔《くしゃみ》をした顔を眺《なが》めていると、初めて私にも肚《はら》の底から笑いが込み上げてきた。そしてこの一騒ぎ演じた大男も、さすがに今の死に損なった恰好《かっこう》を思い出したのであろう、片眼《かため》を閉《つぶ》って面白くもなさそうな顔をしながらニヤリと苦笑して見せた。



底本:「橘外男ワンダーランド ユーモア小説篇」中央書院
   1995(平成7)年12月4日第1刷
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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