に上陸させようとした船会社の処置もうなずけるのであつた。
 船室の中に二十四五の、下手な化粧の女がいた。船員が右舷に行つてくれ、といくら頼みこんでも一人位いいじやないのといつて、いうことを聞かないその女は、眼鏡をかけ、いわゆる現代的な女のタイプであつたが、どこからか、大浦上陸後のニユースをもつて来て、しきりに甲高にしやべりちらしていた。大浦から本渡までのバスが来ないですつて、橋がこわれているから、歩かなくちやならないわ、こまつたな、本渡まで七里よ、あんたどうする、歩いたら七時間かかるわ、真夜中までかかるわ、困つたな、などと、一人ではしやいでいるが、そのさわざ方があまり大げさなので、乗客も退屈しのぎに聞いている程度で、そう困つたような顔もしていなかつた。乗客の一人が私に耳うちした。あいつ左舷から動かないので、船員にだまされたんですよと。彼女の動かないその場所が、上陸第一のところだそうだ。そこにいて第一ばんに上陸したつて、バスはありませんよ、と、いわれたに違いないと、私のよこの男は判断したもののようであつた。
 船は、大浦の岸壁についた。
 女のもたらしたニユースなど、誰も本当にしていなかつた。船が岸壁につくやいなや、乗客は目の色を変え、一せいにスタートを切つた選手のようなスピードで、かけ出した。桟橋はために大ゆれにゆれたが、人々は少しも顧慮しないもののようであつた。バスは一台しかなく、三十五六人も乗れば、満員になるというので、それは七里の徒歩を賭けた速さといつてよかつた。二等の客が上甲板から飛下りようとして船員にはばまれていた。船員の船客扱いというものは、えてしてそんなものだ。だから私も二等なんかに乗らなかつたのである。(ついでながらいつておくが、戦前は二つの船会社が競争して、客サービスを競つたものだそうだ。船賃も安かつたし、船客に手拭のサービスまでしたそうだが、今はそんな話は、ゆめのようなものである)
 先着のものから数えて、私は二十五六人目位の位置を占めた。これなら先ず大丈夫だろうと安心していると、そこここで、もうすでにこの土地の人が十数人切符を買つているらしい、と、いい出した。このバスに乗れなければ、七里の徒歩というわけで、人々の不安は去らない。その中、件の女が、つかつかと切符売場の口にいつて、何かごそごそやりだした。如何にも物なれているところ、天草の女のようで
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