和していた。何処を見ても物の色は佳《よ》い。暗く影の深い鎮守の森、白く日に光る渓川の水、それを彩《いろど》るものは秋の色である。高くもあらぬ西山の頂きは、もはや冬で、秋はこの麓の一画に占められている、道もせの草にもその色はある。
 青柳の町を、遥かに左に見て、堤の上をゆく。槻の並木の色は比《くら》ぶるものもない美《うるわ》しさである。堤の尽くるところに橋がある、鰍沢の入口で、ここにまた柳を写生した。
 粉奈屋へ帰ったのは午後の二時。
 富士川通船の出るあたりに往って見たが、絵になるような場所はない。
 十五日は曇っていた。七時半に馬車へ乗り、甲府へ向う。白峰はチラチラ頭を出す、乗合の人は、甲府の近所から越中の立山が見えるという。
 甲府を十一時発の汽車で東に向う。雲が深くなったので白峰は見えない。沿道の紅葉は少し盛りを過ぎたのか、色が悪い。
 汽車の窓から外の景色を見ると、どんなところでもよく纏《まと》まって見える。窓一つ一つが立派な絵になる。すると、甲府から東京まで、何万枚の絵でも出来そうなものだが、さて汽車から下りて見ると、絵にするところは存外少い、なぜであろうか。
 車窓から見て
前へ 次へ
全50ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大下 藤次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング