る。よく晴れた夕で、緑色の空に浮出した白雪は紅色に染められた。刻一刻、見る間に色は褪《あ》せて、うす紫に変るころには、空もいつか藍色を増して暗く、中天に輝やく二、三の星は、明日も晴れぞと、互いに瞬《まばたき》して知らせあっている。
膳を運び、飯櫃《めしびつ》を運んで来た婆さんは、「どうぞよろしく」とそのまま引き下がった。見ればこれも旧式の、平《ひら》もあれば壺もある、さすがに汁には泥も沈んでいない。快よく夕飯を終りて、この夜は早くより寝床に入った。湯島では一日に二度ずつも入浴した罰で、今晩も風呂はなかった。
二十三
十三日はうす曇りであった、富士は朧《おぼ》ろげに見える。
平林の村は、西と北とに山を負うて、東が展《ひら》けている。村の入口から出口までダラダラの坂で、道に沿うて川があるため、橋の工合、石垣のさま、その上の家の格恰《かっこう》、樋、水車なんどが面白い。下から上を見ると、丘の上に寺があったり、麦畑が続いたり、ところどころ流れが白く滝になって見えたりする。上から下を臨むと、村の尽くるところに田が在る、畑がある、富士川の河原の向うには三坂女坂などの峠が連なっ
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